第5章 魔女生誕フォークロア 第1話『別離』

「オリヴィエ先輩、私達も聖女倶楽部に入った方がいいんじゃないですか?」

 会議が始まる前、オリヴィエは理科学倶楽部の一員で後輩のノエルから、そう持ちかけられた。

 ノエルは長く美しい白髪を持つ小柄な少女で、いつも白いウサギのぬいぐるみを持ち歩いていた。その愛らしい風貌に、オリヴィエは「いずれ手をつけておきたい」と企んでいた。

「うーん、私もそうしたいのはやまやまだけど、パラケルスス先生がダメだって仰るのよねぇ」

「先輩、あの先生を信じない方がいいですよ」

「あら、どうして?」

 ノエルは声をひそめ、耳打ちした。

「だってあの人が、聖女倶楽部のシスターを教会の地下に監禁したんですもの」


「……だそうですが、本当なんですか?」

 オリヴィエは会議のために理科準備室に来たパラケルススに尋ねた。

 部屋にはオリヴィエとパラケルススの他に、生徒はいない。皆、聖女倶楽部のミサに参加するために理科学倶楽部を辞めてしまった。先程会ったノエルもパラケルススを恐れ、会議に来なかった。

「あぁ、事実だ」

 パラケルススは表情を変えることなく、頷いた。

「彼女はこの学園にとって、脅威的な存在だ。君も知っているだろう? この学園の生徒でいる限り、恋をしてはならない、と」

「えぇ。相手が異性であろうと同性であろうと、恋をした生徒は皆、狂ってしまうんでしたよね?」

「その原因となっているのが、ホーリィ……聖女倶楽部のシスターだ。彼女は恋を憎み、教会から呪いを振り撒いている。

 パラケルススは悲しげに目を伏せ、ホーリィとの過去を語った。


 パラケルススが"殺人芸術家"と呼ばれ始めたのは、生徒として黒百合女学院に在籍していた頃だった。

 人間を芸術のための"素材"として見ていた彼女は目当ての生徒を見つけては攫い、美しく殺して、目立つ場所に"展示"していた。

 多くの生徒は学園内に潜む殺人鬼に怯えていたが、中には彼女の作品を愛し、崇拝する者もいた。ホーリィはその一人だった。

「なんて美しいのかしら! これこそが、人間が与えられるべき死の姿だわ! 私もぜひ、"殺人芸術家"さんのお手伝いをしたい!」

 ホーリィは粘り強く学園内を張り込み、やがてパラケルススが遺体を展示している姿を目撃した。

 ホーリィはパラケルススの正体を黙っている代わりに、パラケルススへの全面的な協力を申し出、悩める生徒達を素材として差し出すようになった。

「私は好きでこんなことをしているんじゃないんだ。ただ、実験で残った素材を使って、工作をしているだけなんだ」

 世間には知られていなかったが、パラケルススが生徒を攫っていたのは、不老不死の体にする実験に使うためだった。

 いずれの実験も失敗で、遺体を処理するのに困って"作品"として展示していたのだった。飾りつけは、実験で負わせた傷を誤魔化すためのものだった。

 真実を知っても、ホーリィはパラケルススを崇拝し続けた。

「意識していないのにあんな素晴らしい作品を作れるなんて、すごいわ。私も死んだら、ハイネの作品にして頂戴ね」

「あぁ、分かった」

 ホーリィは、パラケルススにとって、初めて出来た親友だった。

 どんなことでも話せて、共感し合える親友だ、と。

 しかしホーリィはパラケルススのことを親友以上に愛していた。

「ねぇ、ハイネ? 私のこと、好き?」

「もちろん。ホーリィは?」

「もちろん、私もよ」

 二人は肝心なところで、心がすれ違っていた。


 ある日、パラケルススは実験で使う毒物を調達しに行った際に、警察に見つかり、補導されかけた。

 すかさず金を渡し、見逃してもらったが、このことである不安が頭をよぎった。

「もしホーリィと一緒にいたら、あの子まで捕まるところだった。あの子は私とは違う。優しくて、他人思いで、信心深い、とってもいい子。私と一緒にいちゃけない」

 翌日、パラケルススはホーリィを呼び出し「もう私と関わらないで」と別れを切り出した。

「私のせいで、ホーリィの人生までめちゃくちゃにしたくない。今までやってきたことは何もかも忘れて、平穏に生きて」

 ホーリィはショックを受けると同時に、怒りに震えた。パラケルススにとって、初めて見る表情だった。

「どうしてそんなこと言うのよ?! 私はハイネのことをこんなにも愛しているのに!」

「私もよ。だからこそ、唯一の親友である貴方を巻き込みたくないの」

「親友? 何を言っているの? 私達は恋人でしょう?!」

「え?」

 そこでようやく、パラケルススはホーリィと自分との認識に差があることに気がついた。

 ホーリィもパラケルススの様子からそれを察し、「もういい」と泣きながら去っていった。


 その日から二人は別々に生活するようになった。

 ホーリィが多くの友人達に囲まれる一方で、パラケルススはまた一人になったが、「これで良かったんだ」とホッとした。

「これでホーリィを守れた。もう何も心配はいらない」

 しかしホーリィの心はまだ、パラケルススから離れてはいなかった。

 それどころか、彼女の中で日に日に歪んでいっていた。

「……絶対に別れるもんですか。ハイネの心は、私の物よ」

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