第5章 魔女生誕フォークロア 第4話『希望』
「先輩は私のものよ!」
「違うわ! 私のものよ!」
「こんなにも愛しているのに、どうして私と付き合ってくれないの?!」
「だって私が好きなのは、別の人だもの。アンタなんか、ただの金ヅルよ!」
「最っ低……殺してやる!」
パラケルススが螺旋階段に留まっていた間に、校内の様子は一変していた。
いたる場所で生徒と生徒が罵り合い、殺し合っている。中には教師と争っている者もいた。止めようにも、数が多過ぎる。
パラケルススは彼女達に巻き込まれないよう、廊下を素早く駆け抜け、無人の屋上へ逃げ込んだ。もはや昼食どころではなくなっていた。
「どうなっているんだ? 何故、急に狂い出した? ホーリィの取り巻き達だけがおかしいとばかり思っていたが……何か原因があるのか?」
ふと、パラケルススは視線を感じ、そちらへ目を向けた。
視線の先には、教会の窓からこちらを見つめる女子生徒の姿があった。
「ホーリィ?」
顔はハッキリとは見えなかったが、パラケルススは直感的に彼女だと思った。
螺旋階段に生きている人間がいないのを確認し、地上へ下りる。校内の騒動で、まだ誰もヒルダ達には気づいていないらしかった。
(ホーリィ……君だけは狂わないでいてくれ)
パラケルススはホーリィの無事を祈りつつ、教会へ走った。
「ホーリィ!」
教会の扉を力任せに押し、開く。
ホーリィは扇情的な修道服に身を包み、祭壇の前に立っていた。
「いらっしゃい、ハイネ。待っていたのよ」
ホーリィは口角を吊り上げ、不気味に笑う。両手を広げ、パラケルススを迎え入れた。
その異様な雰囲気に、パラケルススは訝しんだ。あの麗かな春の陽気のような彼女とは、まるで別人だった。
「ホーリィ、どうかしたのか? 何かあったのか?」
(あるいは、外の連中のように狂ってしまったのか?)
無意識にポケットの中のナイフを握る。いつでも始末できるよう、常に持ち歩いている代物だった。
「ハイネ、聞いて! 私、魔女と契約して、貴方を救う希望の天使に生まれ変わったの!」
「……は?」
あまりにも突拍子もない話に、パラケルススは呆然とする。
一方、ホーリィはパラケルススの反応など一切気に留めず、パーティにでも来たかのように楽しげに話した。
「外の光景を見たでしょう? みんな恋に狂い、争っていた。あれ、私がやったの。魔女様にお願いして、私達以外の生徒に恋をさせないようにしてもらったのよ。だって、私以外の人間がハイネと恋をするのも、ハイネが私以外の人を選ぶのも、耐えられないんですもの。ずっと一緒にいられるよう、死なない体にもしてもらったわ。もちろん、ハイネもよ。これからは永遠に一緒。この学院がなくなっても、人類が滅んでも、私達だけは生き続けるのよ。ね? 素晴らしく希望に満ちあふれた未来だと思わない?」
「……そうか。お前もアイツらと同じように、狂ってたんだな」
パラケルススはポケットからナイフを取り出すと、ホーリィに襲いかかった。
ホーリィの言うことを全て信じたわけではない。特に、気づかない間に不死身にされていたなど、信じられるわけがなかった。
ただ、今の彼女を見ていると、記憶の中の美しい親友が汚されていくようで、我慢ならなかった。
しかし直後、教会の外から大勢の女子生徒達が駆け込み、一斉にパラケルススに抱きついてきた。いずれも校舎で争い合っていた生徒達で、パラケルススが動けないよう、尋常でない力で手足を締めつけてくる。
「な、何だこいつらは?!」
「ごめんなさいね、ハイネ。私にはまだ、貴方を教会から出られなくする力は備わっていないの。だから、ちょっと監禁させてもらうわね」
ホーリィは祭壇の仕掛けを作動させ、地下への入口を開いた。
生徒達はパラケルススを拘束したまま、バージンロードを進み、地下へ連れて行こうとする。明らかにホーリィの意思に沿った行動をしていた。
「……なるほど。コイツらもグルか」
パラケルススは拘束が解けないと分かると、右腕に抱きついている生徒の喉をナイフで裂いた。直後、生徒の首から鮮血が弧を描き、吹き出す。
パラケルススは続け様に左腕、両足に抱きついている生徒達にナイフを突き立て、倒していった。
「それなら、躊躇せずに済む」
生徒達は他の生徒達が殺められても尚、パラケルススに向かってくる。
パラケルススは淡々と彼女達をさばきながら、ホーリィの元へ歩いていった。
「なんて鮮やかな手つきなの……」
生徒達を対処しながら近づいてくるパラケルススの姿に、ホーリィは高揚し、魅入られる。
ホーリィの目には、パラケルススが美しく舞う踊り子のように見えていた。
「さようなら」
「ウッ」
パラケルススは呆けていたホーリィの隙をつき、ナイフと一緒に持ち歩いていたスタンガンで彼女を失神させた。
ホーリィを担ぎ、地下へ続く階段を下りる。教会の地下に隠し部屋があることは、パラケルススも風の噂で聞いていた。
「まさか本当にあるとはな。これは好都合だ」
やがてホーリィが儀式を行なった地下の隠し部屋にたどり着くと、パラケルススはホーリィを魔法陣の中心に寝かせ、死体の飾りつけに使う鉄の杭を四本取り出した。
「お前の話を信じたわけではないが、永遠に付き纏われるのは御免だからな。ここで永遠に一人で生きてろ」
暗闇の中、ホーリィが目を覚ますと、床に寝かされた状態で両手足に鉄の杭を打たれ、身動きが取れなくなっていた。
「ハイネ、何処にいるの? 誰かいないの?」
冷たい地下室に、ホーリィの声が虚しく響く。パラケルススや操っていた生徒に呼びかけても、誰も来ない。
既にパラケルスス以外の生徒は全員、殺人罪で逮捕され、学院の敷地からいなくなっていたのだが、ホーリィには外の状況を知るすべはなかった。
分かっているのは、パラケルススが自分について来てくれなかったという、残酷な事実だけだった。
それでもホーリィの顔は穏やかだった。
「……大丈夫。私はハイネに希望をもたらす天使だもの。いくら拒まれたって、私との未来を受け入れてくれるまで、絶対に諦めないわ。必ず
ホーリィはパラケルススへの愛が深まるにつれ、自らの呪いに蝕まれ、狂っていた。
ホーリィの呪いによって起こった「黒百合女学院大量殺人事件」の影響により、学院は一時閉鎖。
後に教師となったパラケルススの働きかけによって「黒百合女学院に所属している限り、恋愛は禁止」という校則が出来、生徒の恋愛はタブーとなった。また、それとなく呪いの存在を知らせるため「恋をした生徒は狂う」という噂も流した。
多感な年頃の少女が恋を我慢するなど、不可能に等しく、禁止にした後も校内での殺人が止まることはなかったが、不思議と入学を希望する生徒は大勢いた。学院側が事件の真相を秘匿しているのもあるが、ホーリィがなんらかの力を使い、生徒を集めているのだと思われた。
自分が不死身になっていることを実証したパラケルススは、同じ不死身であるホーリィを殺すため、研究を重ねた。その膨大な実験をこなすべく、理科学倶楽部を発足し、超科学に興味を持つ生徒を集めて手伝わせた。
全てはホーリィを殺し、自由になるため。学院の生徒達にかかっている呪いなど、どうでも良かった。
「つまり、パラケルスス先生は学院の希望というわけですね!」
話を最後まで聞き終え、オリヴィエは言った。
「私が、学院の希望……?」
パラケルススはオリヴィエの言っている意味が理解できず、眉をひそめる。
それでもオリヴィエは「だってそうじゃないですか!」と期待に満ちた眼差しでパラケルススを見た。
「元凶であるホーリィを殺せば、学院は元に戻るんでしょう? 全ては、パラケルスス先生がホーリィを殺す方法を見つけられるかどうかにかかっているんですよ!」
それに、とオリヴィエはパラケルススの手を両手で握ると、頬を赤らめ、上目遣いで囁いた。
「呪いが解けたら、恋愛し放題じゃないですか。恋愛大好きな私にとっても、先生は希望の女神なんですよねぇ。せっかくですし、全部終わったらデートしません? 私、まだ先生のこと諦めてないんで」
「……そうだな」
パラケルススはオリヴィエの手をやんわりと振り解き、薄く笑った。
「君はうちの部で一番優秀な生徒だし、全部終わったらご褒美に考えてやってもいい」
「やったー! 先生、大好き!」
オリヴィエはパラケルススに抱きつき、満面の笑みを浮かべる。
その顔をパラケルススは「くっつくな、気持ち悪い」と手で押し返した。
学院の未来は、二人の希望に託された。
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