第1章 友愛破綻アンビバレンス 第2話『羨望』

 ウリスはイベリナに憧れていた。

 波打つ長い金髪、南の海を映したようなエメラルグリーンの瞳、小柄な体躯、小鳥のような声……誰からも愛され、教師にも可愛がられていた。

「……私とは全てが正反対」

 ウリスはスコップを手に、呟いた。

 ウリスは亡霊のような少女だった。

 バサバサの灰色の髪、泥水のような濁った茶色の目、のっぽで骨張った体、しゃがれた声……友達は数人しかおらず、教師からは意味もなく疎まれていた。

「でも……それも今日で終わり」

 ウリスの足元には、イベリナが倒れていた。ウリスがパラケルスス先生からもらった睡眠薬のおかげで、ぐっすりと眠っている。

「イベリナ、今日からあなたは私になるの。そして、私があなたになるのよ」

 ウリスは別れを惜しむようにイベリナの髪を撫でると、イベリナの顔に向かってスコップを振り下ろした。


 翌日、教室はウリスの話題で持ちきりだった。

「聞いた? 今度はウリスが殺されたって」

「怖ーい」

「でも、ウリスで良かったわよね。だってあの子、居てもいなくてもいい子だもの」

「むしろ、いなくなって清々するわ。あの亡霊みたいな顔を見なくて済むなんて、最高じゃない?」

 その時、イベリナが教室に入ってきた。

 イベリナはウリスのことを噂していた同級生を一瞬睨みつけたが、すぐに笑顔を作り、挨拶した。

「ごきげんよう」

「あら! イベリナ、ごきげんよう」

「今日も可愛らしいわね」

 同級生達はイベリナに睨まれていたとは全く気づかず、笑顔を向けた。

「ふふっ、ありがとう」

 イベリナは小鳥のような声でクスクスと笑い、自分の席へと去っていった。

 同級生達はイベリナを見送り、ホッと息を吐いた。

「本当に、死んだのがウリスで良かったわ。もし死んだのがイベリナだったらと思うと、ゾッとする」

「私もよ。イベリナがいなくなったら、悲しくて死んじゃうかも」

「あら? もしかして貴方、イベリナのことが好きなの?」

「ダメよ、キャサリン。校則で決まっているでしょう? この学院にかよっている間は、恋をしてはならないって」

「何よ、私ばっかり! 貴方達こそ、イベリナに夢中なくせに!」


 放課後、イベリナは理科室にいるパラケルスス先生に会いに行った。

 パラケルスス先生は実験の手を止め「いらっしゃい」とイベリナに微笑んだ。

「調子はどう? 

「とっても快適よ、先生。先生がくれたお薬のおかげだわ」

 イベリナ、もといウリスは満足そうに微笑んだ。

「私を憧れのイベリナにしてくれて、ありがとうございます。そして、憧れのイベリナをありがとうございます」

 ウリスはパラケルスス先生からもらった薬を飲み、イベリナの姿に変わっていた。同時に、イベリナにも薬を飲ませ、自分の姿に変えさせていた。

 薬を飲んだまま死ぬと、永遠に元の姿には戻れない。ウリスはイベリナに成り代わるため、彼女を殺したのだった。

 パラケルスス先生はニヤリと笑い、ウリスに尋ねた。

「憧れの彼女を失墜させた気分はどう?」

 ウリスは恍惚とした顔で答えた。

「ものすごい達成感です。イベリナを殺すなんて、絶対に後悔すると思っていたのに! あぁ、可哀想なイベリナ。私として死んで、私として葬られ、私として地中で朽ちていく……こんな最悪な最期はなくてよ!」

 ウリスは声を上げ、高らかに笑った。

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