第1章 友愛破綻アンビバレンス 第3話『怒り』

 理科室にいるパラケルスス先生のもとを訪れたエルサの顔色は真っ青だった。止めどなく涙を流し、唇を震わせている。

「先生、友達を怒るなんて、いけないことですよね?」

 エルサはパラケルスス先生を見つけるなり、尋ねた。

「怒る?」

 パラケルスス先生は実験の手を止め、聞き返した。

 エルサは今にも倒れそうな顔で頷いた。

「だって、友達なんですよ? 毎日学校で顔を合わせて、仲良くお喋りして、一緒にお昼ご飯を食べて……担任の先生も"どんなことがあっても、最後には許してあげましょう"とおっしゃっていらっしゃったのに、私は許すことが出来ないんです。今にも怒りで我を忘れてしまいそう」

 するとパラケルスス先生は微笑し、エルサの肩に手を置いた。

「いいのよ、怒って」

「え、でも……」

 エルサは戸惑い、狼狽する。

 しかしパラケルスス先生はエルサの耳元へ口を寄せ、囁いた。

「ウリスもね、イベリナのことが好きだったのよ」

 それを聞いた瞬間、エルサの表情が固まった。

 パラケルスス先生は彼女の表情の変化に気づいていたが、構わず続けた。

「好きで好きでたまらなくて、どうしても彼女になりたくて……終いにはイベリナを殺して、成り変わったの」

「……」

「今のウリスはとても幸せそうよ。周りの子もみんな彼女をイベリナだと思い込んでチヤホヤしてる。貴方もウリスがイベリナの姿になって嬉しいでしょう? あのまま入れ替わらなければ、イベリナとは二度と会えなかったんだから」

「……そうですね」

 エルサは返答とは裏腹に、怒りで白目を血走らせていた。イベリナ殺しの犯人がウリスだとは薄々気づいていたが、彼女もイベリナが好きだったとは知らなかった。

「ウリスに確かめてみます……本当にウリスなのか、イベリナを殺したのかどうか」

 エルサはフラフラとした足取りで理科室を出て行った。

 エルサに怒りの感情を芽生えさせたパラケルスス先生は彼女を見送り、ニヤリと口角を上げた。


「ウリス」

 エルサは帰宅しようとしていたイベリナに声をかけた。

 周囲はもうこの世には存在しない名前を耳にし、戸惑う。

「ウリス? 何を言っているの、エルサ」

「もうあの子は死んだでしょう?」

「そうよ。惨たらしく、顔を潰されて」

「本当に可哀想……フフフ」

 そんな中、イベリナだけはハッと息を飲んだ。

 エルサにはそれだけで充分、確証を得られた。怒りで拳を震わせ、イベリナを睨みつける。

「最低……イベリナを殺すだけじゃなく、入れ替わるなんて!」

 そのまま周囲を押し除け、イベリナの首へ手をかける。彼女に馬乗りになり、さらに体重をかけた。

 周りの生徒達は悲鳴を上げ、逃げて行った。

「い、いや……誰か……!」

 イベリナ、もといウリスは助けを求め、手を伸ばす。廊下の先にはパラケルスス先生がいたが、彼女を遠巻きに観察するだけで、助けようとはしなかった。

 やがてウリスは目を剥き、口をあんぐりと開けたまま絶命した。イベリナの顔とは思えない醜い死顔に、エルサは怒りで顔をしかめた。

「……何よ、その顔。これ以上、私のイベリナを汚す気? イベリナになりたいなら、もう少しマシな顔で死になさいよ」

 エルサは鞄から裁縫道具を取り出し、ウリスのまぶたと口を縫った。

 だらしなく開き切っていた目と口は綺麗に閉じられ、エルサの満足のいくイベリナが出来上がった。

「うん……これなら大丈夫。ウリスのせいでイベリナが悪く言われるなんて、耐えられないもの」

 エルサはウリスの死体をその場に放置し、行方をくらました。彼女はイベリナを慕っていた多くの生徒から怒りを買い、憎まれた。

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