黒百合女学院

緋色 刹那

第1章 友愛破綻アンビバレンス 第1話『毒』

 アイリスは親友のイベリナと喧嘩をした。

「この薄情者! もう絶交よ!」

「ひどい! そんな言い方しなくたっていいでしょ?!」

「知らない! ついて来ないで!」

 アイリスはイベリナと別れたその足で、理科室へ向かった。腹の虫が治らなかった。

「パラケルスス先生! イベリナを殺して下さい!」

「おや、ずいぶんと急だね」

「だってイベリナが私を避けるから! 明日は私の誕生日なのに、素っ気ないし……」

 パラケルスス先生と呼ばれた女教師は実験の手を止め、鍵のかかった棚から青い小瓶を取り出した。

「イベリナを殺すのは私の役割ではない。そんなに彼女が憎いなら、貴方が殺しなさい。これを一滴垂らせば、どんな食べ物も飲み物も猛毒になりますから」

「私が、イベリナを……」

 アイリスは小瓶を受け取り、帰っていった。


 翌日、アイリスは水筒に入れた紅茶に小瓶の毒を一滴垂らした。仲直りと称してイベリナに飲ませるつもりだった。

 アイリスが登校すると、イベリナは何もなかったように明るく声をかけた。

「アイリス、放課後空いてる? 見せたい物があるの!」

「見せたいもの?」

「とても大事なものなの。一緒にうちまで来て!」

 放課後、イベリナの家へ行くと、アイリスの誕生日パーティに準備がされていた。イベリナは1人でクラッカーを鳴らし、アイリスを出迎えた。

「アイリス、お誕生日おめでとう! ずっと黙っててごめんなさい。どうしてもサプライズにしたかったの」

 アイリスは喜びで涙を浮かべた。

「私こそ、薄情者だなんて言ってごめんなさい。とても嬉しいわ。せっかくなら、ウリスやエルサも呼べば良かったのに」

「みんなも後から来るわ。今は私達二人で楽しみましょう?」

 イベリナはケーキを切り分けて皿に乗せ、アイリスに差し出した。鮮やかな青色のケーキだった。

「さぁどうぞ。アイリスのために特別に作ったのよ。私の関係が永遠になるようにおまじないをかけたの」

「綺麗なケーキね。ありがとう、頂くわ」

 アイリスはケーキを一口食べ、飲み込んだ途端、青い泡を吹いて倒れた。みるみる血の気が引いていき、顔が真っ青になる。

「ごぼごぼごぼ……」

 危険な状態のアイリスを前にしても、イベリナは薄ら笑いを浮かべるだけで助けようとはしなかった。

 それどころか、泡を吹くアイリスをうっとりとした目で見つめていた。

「アイリス、とても綺麗よ。まるで青い薔薇を吐いているかのよう。パラケルスス先生に毒を頂いて本当に良かった。あの先生は人を美しく殺せる天才……『殺人芸術家』だから」

「っ?!」

 アイリスはパラケルスス先生に裏切られていたと知り、怒りに震えた。

 最後の力を振り絞り、水筒に入っていた紅茶をイベリナにぶっかけようとしたが、その前に力尽きた。

「さぁ、アイリス。もっと食べて。このチキンもピザもクッキーも、全部貴方のために用意したごちそうよ」

 イベリナは手当たり次第アイリスの口へ食べ物を突っ込み、無理矢理食べさせた。


 アイリスは死んだ。彼女の死は食中毒によるショック死と診断され、イベリナが罪に問われることはなかった。

 周囲が悲嘆に暮れる中、イベリナだけは満足そうに笑みを浮かべていた。

「……これでアイリスは永遠になった。私のことを嫌いになることも、私以外の友達と仲良くすることも、男の子を好きになることも、私を拒絶することもない。私の中で永遠に生き続け、永遠に死ぬのよ」

 イベリナは都合のいいアイリスとの日常を妄想し、楽しんでいた。

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