第8章 理科学倶楽部オールロスト 第1話『太陽』

 ラミロアにとって、蛇は太陽のような存在だった。そばにいるだけで景色が明るくなり、心が温かくなる。

 そして、こうも思っていた……太陽が輝くためならば、自分の何もかもを差し出していい、と。


「マリーが殺されました」

 部活が終わった後、ラミロアは正規部員を招集し、告げた。いつもは何があっても表情の顔色ひとつ変えない彼女が、今はこの世の終わりが訪れたかのように真っ青な顔をしている。

 机の上にはマリーだったものが入れられた大きな水槽が置かれている。マリーはグッタリと倒れ、死んでいた。

「"マリー"って、理科学倶楽部の前の前の前の顧問の先生と同じ名前ですね。偶然?」

 事情を知らないレイチェルは呑気に尋ねると、「同じ人よ」とラミロアは冷たく見下ろした。

「準備室で厳重に保管していたのに、気づいたら窓際に置かれていたの。カーテンを開けたままのね。そのせいでマリーは熱中症にかかって、死んでしまった……」

「準備室に入れるのは私達と理科教師、それに顧問のモーブ先生だけよね? それなのにわざわざ私達だけを集めたってことは、まさかこの中に犯人がいるんじゃないかって疑ってるわけじゃないでしょうね?」

 ルイーゼはラミロアの真意を察し、指摘する。その目は心外だと言わんばかりに、彼女を睨みつけていた。

「蛇なんて見たくもないし、触りたくもない。ましてや殺すなんて……想像しただけでも吐きそう」

「私も、実はちょっと苦手です。できれば近づきたくないというか……」

「そう? 私は大好きだけど。触るのも平気だし」

 オリヴィエの発言に、一気に疑いの目が集まる。

 慌ててオリヴィエは弁解した。

「でも、殺すなんてあり得ないよ! マリーはラミロアのお気に入りの子だし、私も可愛いなって思ってたし!」

「では、誰なんです? マリーを殺した犯人は」

「……」

 オリヴィエは柄にもなく、閉口した。

 おそらくマリーを殺したのは、モーブだろう。彼女は叔母であるヨランダの意思を継ぎ、「パラケルススの大切なものを殺し、復讐する」と言っていた。マリーはパラケルススとは関係ないものの、「次は人間を狙うぞ」というサインのつもりなのかもしれない。

 ただ、モーブの狙いを部員達に打ち明けるかどうか、オリヴィエは迷っていた。下手に警戒させては、かえって危険かもしれない。あるいは、この部屋のどこかに盗聴器が隠されているかも……。

(モーブ先生を始末するのが一番手っ取り早いけど、あの日から学校に来なくなっちゃったのよね……アパートも引き払ったみたいだし、居場所が分かるまでは大人しくしている方が得策かも)

「……こうして集まるのは、しばらくやめておきましょう。お互い、疑心暗鬼になって良くないわ。マリーのことは私も調べておくから。じゃ、解散」

「えっ……」

「ちょっと、部長?!」

 オリヴィエは鞄を手に、理科室を後にした。

 残された三人は呆然としていたが、やがてルイーゼ、レイチェルと鞄を手にし、帰っていった。


 ラミロアは最後に理科室を出て、鍵をかけた。土葬するため、マリーが入った水槽を抱えている。

 窓から差し込む夕日の光は眩しく、ラミロアを拒絶しているかのようだった。

「オリヴィエ……貴方ならきっと、犯人を言い当ててくれると信じていたのに、どうしてはぐらかしたの? 本当は犯人を知っているくせに」

「えぇ……知ってるわ」

「っ! 誰?!」

 声がした方を向くと、行方をくらましているはずのモーブが立っていた。

 彼女のそばにはスチール製の大きな箱が二つ、台車に積まれて置いてある。

「モーブ先生……体の具合は良くなられたんですか?」

 ラミロアは警戒をあらわに、尋ねた。オリヴィエはモーブをひどく気に入っているようだったが、ラミロアは違った。

 彼女にとって、人間とは信用ならない存在。従順で物言わぬ蛇とは違い、人間は嘘をつくし、五月蝿い。爬虫類のようなラミロアを不気味がり、排除しようとする。だから、気に入った人間は蛇に変えておくのだ。

 人間の中で唯一、オリヴィエにだけは心を開いていたものの、彼女が認めたモーブまでもを受け入れる気にはなれなかった。

「えぇ。でも、しばらくは休んでいないといけないの。だから……お見舞いとして、貴方の大切なものを譲ってくれないかしら?」

「お断りします」

 ラミロアはぴしゃりと即答した。どんなに不要だと思っているものを要求されらとしても、この女にだけは渡してなるものかと決めていた。

 しかし、モーブはラミロアの意見など聞き流し、無遠慮に水槽を指差した。正確には、水槽の中で横たわっているマリーの死骸を。

「その蛇の死骸を頂戴? 拒否すれば、貴方の家の蛇を全て殺すわ」

「不可能です。私がマリーを渡すことも、先生が私の家にいる達を殺すことも出来ません。下手に触れれば、彼女達が貴方を殺しますから」

「……そう。残念だわ」

 モーブは目にも止まらぬ速さでラミロアの首をつかむと、力づくで彼女の首を折った。

「あ、が……ッ」

 ラミロアはポケットに忍ばせていた毒蛇達を使うことなく、目を剥き、倒れる。水槽が床へ落下し、粉々に砕けた。

 遅れて、ラミロアがポケットに忍ばせていた蛇達がぞろぞろと這い出てくる。モーブは噛まれないよう、分厚い手袋をはめ、蛇達をつかんだ。

 蛇達は人間の顔を認識しているのか、あからさまにモーブを警戒し、牙をむいた。牙の先から、毒と見られる汁が垂れていた。

「へぇ……全部メスなんだ。屋敷にあったのも全部外国産だったし、高く売れそう。足がつくから、やらないけど」

 モーブは台車に置いていたスチール製の箱をひとつ開け、つかんでいた蛇を入れた。

 箱の中にはラミロアが自宅で飼っていた無数の蛇達が、互いに絡まり合っていた。

「可哀想なラミロア。この蛇達は、貴方のことを伴侶などとは思っていないのに。四六時中お世話してくれるご主人様? あるいは誘拐犯? もしくは奴隷かしら? 少なくとも、太陽などとは思ってはいないでしょうね。良かったわね。これからは太陽の下で自由に生きられるわよ。一仕事、手伝ってもらってからだけど」


 翌朝、ラミロアは理科室で死体となって発見された。

 折られた首をまるで蛇のようにクタっともたげさせ、全身を飼っていた大量の蛇達に噛まれていた。よく見ると、蛇達の牙は接着剤か何かで噛んだ状態のまま固定されており、中には弱って死んでいる蛇もいる。噛まれた箇所は鬱血し、白かったラミロアの肌をまだらに染めていた。

 窓から差し込む美しい朝日とは裏腹な、惨たらしく醜い現場に、第一発見者となったオリヴィエは怒りを禁じえなかった。

「……こんなに醜く殺すなんて、許せない。モーブ先生、貴方は私が必ず見つけ出して、殺すわ」

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