第7章 顧問選別ディスポーザブル 第2話『果実』
「ミシェル先生ー! お昼、一緒に食べましょう」
「あっ、ズルい! 私もご一緒したいわ!」
「私も!」
昼食時、中庭にレジャーシートを敷いた家庭科教師のミシェルのもとには、大勢の生徒達が詰めかけていた。
彼女達の目当ては、ミシェルがおやつに作ってくるフルーツサンド。色とりどりの季節のフルーツと、たっぷりの生クリームを挟んだそれは、一度食べたら病みつきになってしまうほど絶品だった。
「はいはい、スウィートちゃん達。フルーツサンドはたくさん用意してありますから、みんなで一緒に食べましょうねぇ」
ミシェルは甘ったるい声で生徒達を集め、手製のフルーツサンドを分け与えた。生クリームのように優しい笑みを浮かべ、丸みを帯びた体格に合うフルーツ柄のワンピースを着ている。
まるでフルーツサンドのような女性だったが、細めたまぶたの奥の眼光は鋭く、生徒一人一人の顔を瞬時に値踏みしていた。
(ピーチちゃん二号……少しぽっちゃり体型、肌艶はいい。バナナちゃん四号……申し分のないスレンダー美人だけど、プライドが高い。ストロベリーちゃん五号……小柄で愛らしい。そばかすが素朴な雰囲気なのもポイント高い)
ミシェルは密かに生徒をフルーツの名前で呼び、ランクを付けていた。
高いランクの生徒ほどミシェルの好みに近く、気に入った生徒は自宅に連れ込んでいた。
「先生、フルーツサンドはまだありますか?」
全員にフルーツサンドが行き渡った頃、一人の生徒がおずおずと近づいてきた。
小動物を思わせる愛らしい顔、磨き上げられたりんごのように艶やかで赤い瞳、色白の肌、明るい茶髪を三つ編みにし、輪っかにくくった髪型、細身の体格と、非の打ち所がない美少女だった。恥じらいのあるところもミシェルの好みど真ん中で、思わずまじまじと彼女の姿を見つめてしまった。
(か、可愛い! 黒百合女学院にはこんな可愛らしい子がいるなんて! まるでアップルパイを連想させるような純朴な少女だわ!)
ミシェルはブラックリリー女学園から来た教師で、まだ黒百合女学院にどんな生徒がいるのか把握しきれていなかった。
最近、マリーの代理として理科学倶楽部の顧問を任され、倶楽部に所属している黒百合女学院の生徒と交流するようにはなったが、どの生徒も個性派で、ミシェルのタイプではなかった。
(メロンちゃん六号……オリヴィエちゃんは良い線を行ってたけど、なかなか誘いに乗ってくれなかったのよねぇ。ザクロちゃん十三号は論外だし)
ミシェルは理科学倶楽部の部員であるラミロアの爬虫類じみた顔を思い浮かべ、顔をしかめる。
他の生徒も似たり寄ったりで、髪がボサボサの生徒や実験にしか興味のない生徒、奇行が目立つ生徒ばかりだった。
「どうぞ、アップルパイちゃん。まだまだたくさんありますから、遠慮しないでいいんですよ」
「あ、ありがとうございます」
ミシェルが隣りにスペースを開け、手招きすると、女子生徒はトコトコと歩み寄り、ミシェルが開けたスペースにちょこんと座った。
そしてミシェルに差し出されるままに、ランチボックスからブドウのフルーツサンドを手に取り、小さな口で噛みついた。
「どぉ? 美味しい?」
「ふぁい、とても美味ひいれふ」
女子生徒は真っ赤な瞳を輝かせ、何度も頷く。周囲の生徒達は羨望と嫉妬の眼差しを向けていたが、彼女は全く気にしていなかった。
ミシェルも他の生徒達の存在など忘れてしまったかのように、女子生徒に甘ったるい声で質問した。
「そういえば、貴方お名前は?」
「リジーと申します。黒百合女学院の一年生です」
「まぁ、そうだったの。あんな事件があって、大変だったでしょう?」
「えぇ。でも、ブラックリリー女学園から新しい先生方やお友達がたくさんいらして、とても嬉しいです」
リジーはブドウのフルーツサンドを食べ終えると、今度はイチジクのフルーツサンドを手に取り、ミシェルに差し出した。
「はい、先生。あーん」
「あらぁ、いいの?」
ミシェルは恥ずかしさと興奮で頬を赤らめながらも、差し出されたフルーツサンドに食らいつく。
あわよくば、事故を装ってリジーの指にしゃぶりつこうとも思ったが、その前に猛烈な吐き気がミシェルを襲った。
「うぇぇぇぇ……」
「キャーッ! ミシェル先生!」
ミシェルは青ざめ、ランチボックスに残っていたフルーツサンドに吐瀉物をぶちまけた。朝食に食べた肉料理の茶色いカケラがところどころに混じっていた。
生徒達は一斉に悲鳴を上げ、逃げるように後ずさる。すると誰かが声高に叫んだ。
「このフルーツサンド、腐ってるわ! 今すぐ吐き出さないと、ミシェル先生のように死んでしまうわよ!」
「嘘?!」
「本当に?!」
「やだ……気持ち悪くなってきた」
その影響はすさまじく、フルーツサンドを食べた生徒達は根拠のない気持ち悪さを感じた。
中には本当に吐く者まで現れ、中庭は混乱の渦と化した。
「いや! 死にたくない!」
「誰か、救急車呼んで!」
「お腹痛い……」
騒動の最中、ミシェルにフルーツサンドを食べさせた張本人であるリジーは人混みに紛れて姿を消し、いなくなっていた。
リジーは周囲を警戒しつつ、理科準備室へ入った。
部屋ではカゴの中に入れている見たこともない鮮やかな色の蛇を、オリヴィエとラミロアが指でつついて遊んでいた。
「可愛いわねぇ、マリーちゃん。派手派手しくて、マフラーに使いたくなっちゃう」
「今はまだ、すぐに逃げ出しちゃいますから難しいですね。脱皮したら、その皮でマフラーを作りましょう」
「おっ、いいねー」
リジーが入ってきたことにも気づかず盛り上がっている二人に、リジーは若干苛立ちつつも、「部長」と声をかけた。
「顧問の処分、完了しました」
「うむ、ごくろう。せっかく可愛くセットしたんだから、そのままでいればいいのにー」
オリヴィエは顔をあげ、惜しそうにリジーの姿を見る。
しかしリジーはあっさり髪をほどいた。
「面倒ですから、"リジー"でいるのは、これっきりにさせて下さい」
「そのリジーって、ルイーゼと付き合ってた子だったんでしょう? ミシェル先生に捕まって、心を壊して療養中だっていう。結構可愛い子だったんだね」
「えぇ」
リジー、もといルイーゼは赤い目のカラーコンタクトを取ると、手で髪をかき乱し、ボサボサにした。
最後に、フチが太くて黒い、野暮ったい眼鏡をかけると、ミシェルが「論外」と判定した理科学倶楽部の部員に戻った。
「アップルパイを作るのが上手な、自慢の姉でしたよ」
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