第7章 顧問選別ディスポーザブル 第1話『蛇』

 閉校の危機に瀕していた黒百合女学院は、同じく財政難で閉校寸前だった聖ブラックリリー女学校と合併することで、閉校を免れた。

 生徒は約八割が聖ブラックリリー女学校の者。教師も同様の割合で、見知った顔を探す方が難しかった。

 当然、授業や倶楽部活動を担当する教師も今までの教師ではないことが多かった。オリヴィエが所属する理科学倶楽部もその一つだった。


「では、本日は微生物の観察を行います。分からないことがあったら、私か先生に聞いて下さいね」

「はーい」

 オリヴィエの指示のもと、新たな理科学倶楽部の部員達は顕微鏡を使い、微生物の観察を始めた。和気藹々とした雰囲気で、以前の理科学倶楽部のような雰囲気ではなかった。

 新しく顧問になった理科教師、マリーは彼女達の様子を微笑ましそうに眺めて回っていた。手こずっている生徒を見つけては助言し、質問されれば答える。

「観察し終わったら、微生物の様子をノートに書いて提出してくださいね」

 マリーは聖ブラックリリー女学校から来た女教師だった。

 誰にでも優しく、聞かれたことには端的に答える性格で、美人でも醜女でもなく、他人から恨まれてもいなければ、憧れてもいないという、生徒にとっても教師にとっても、ちょうどいい存在だった。おかげで一週間も経たない内に黒百合女学院の生徒とも打ち解けていた。

 ……しかしオリヴィエにとっては、何か物足りない女性だった。

(パラケルスス先生はもっと魅力的な先生だった。でも、この人にはパラケルスス先生のような魅力がない……私が「先生」と呼ぶには相応しくない人だわ)

 オリヴィエはマリーが生徒に気を取られている隙に、黒板のすみに赤いチョークでバツ印を書いた。

 多くの生徒達はそのバツ印に気づいてはいなかったが、一部の生徒だけは瞳を怪しく輝かせ、バツ印を一瞥していた。


「さよなら、先生ー」

「はい、さようなら」

 部活が終わり、生徒達が帰った後、マリーは黒板を消そうとしてオリヴィエが書いたバツ印に目を止めた。バツ印の横には、オリヴィエが書いた時にはなかった「A」の文字も書き込まれている。

 マリーはどちらの符牒の意味も理解出来ず、首を傾げた。

「これ、どういう意味かしら? テストの解答?」

「違いますよ、先生」

 そこへ理科学倶楽部の一員であるラミロアが戻ってきた。

 ラミロアは聖ブラックリリー女学校の生徒で、以前からマリーと面識があった。爬虫類のような不気味な顔をした生徒だったが、生き物には心優しく、家で大量の蛇を飼っていた。

「それは私が先生を殺すという合図です。先生は我々理科学倶楽部の顧問として相応しくありません。よって、始末すると決定したのです」

「何ですって……?!」

 ラミロアは真っ赤な舌をチラつかせ、ニヤリと笑うと、鞄から見たことのない極彩色の蛇が入ったカゴを取り出した。

「ひっ!」

 マリーは恐怖で青ざめ、後ずさる。

 一方、ラミロアは慣れた手つきで蛇の入ったカゴの扉を開くと、蛇へ手を差し出した。蛇もラミロアを信頼しているのか、スルスルとトグロを巻きながら腕に絡みついた。

「これはアフリカから取り寄せた希少な毒蛇です。噛まれると、毒で悶え死ぬそうです」

「い、いや! 来ないで!」

 ラミロアは蛇を腕に巻きつかせたまま、近づく。

 マリーは走って逃げようとしたが、ラミロアの方が足が速く、すぐに追いつかれてしまった。

「先生、」

「ひぃぃ!」

 ラミロアは蛇を絡ませている腕をマリーの首へ回し、蛇にマリーの首筋を噛ませた。さらに、両足をマリーの片足に絡ませ、床へ転倒させる。

「う、あ、あ……」

 毒の影響か、マリーは顔を真っ赤にさせて目を剥き、泡を吹いた。

 いつもの平凡なマリーとは異なる姿に、ラミロアは興奮した。

「先生……先生は、前の学校でも空気のような存在でしたね。もっと欲張れば、みんなも先生の本当の魅力に気づけたはずなのに」

 ラミロアは腕から毒蛇をほどくと、マリーの首へ巻きつかせた。

 毒蛇はマリーを攻撃対象と認識したのか、全身を使ってマリーの首を絞めた。

「あ、が……!」

「先生、とっても綺麗ですよ。もっと飾りつけてあげますからね」

 ラミロアは鞄からもう一つカゴを取り出し、中身をマリーへぶち撒けた。

 赤や黄色、青などの、色とりどりな毒蛇達がマリーの体へ大量に投下され、彼女の肢体へ艶かしく絡みつき、噛みつき、彩った。


 その日以来、マリーは行方をくらました。

 とはいえ、失踪だけではこれまでの騒動と関連づけることはできず、生徒も教師も特段騒ぐことはなかった。理科学倶楽部の顧問は別の教師が代わりに担当し、今まで通りに活動することになった。

 同じ頃から、何人かの生徒が理科室で毒蛇らしき蛇を見かけるようになった。見たこともない極彩色の毒蛇で、ラミロアが部屋に入ってくると姿をくらました。

 ある生徒はラミロアがその蛇を捕まえ、「恥ずかしがらなくていいのに」と愛おしそうにキスをしている姿を見たとか……。

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