第6章 人体実験メイドメイデン 第2話『拒絶』

「天使薬とは本来、死んだ人間の体を鳥人に変えることで蘇生させる効力を持つ薬だ。だが、もし生きた人間に投与すれば、体と精神の変化に耐えきれず、命を落とのではないだろうか?」

「その作用を利用し、ホーリィを亡き者にしようというわけですね」

 オリヴィエはニコニコと笑いながら確認する。パラケルススと二人きりで理科準備室にいられるのが、よほど嬉しいらしい。

 パラケルススは「そうだ」と頷き、忠告した。

「くれぐれも、内密に動いてくれたまえ。特にホーリィと聖女倶楽部のメンバーには、薬のことは隠せ」

「はーい♪」


「ごきげんよう。オリヴィエはいらっしゃる?」

 ある休日、オリヴィエの屋敷に修道服を着た二人組の少女がやって来た。

 応対役をしていたナターシャがいなくなってしまったので、渋々ニコラが出た。

「アンタら、誰?」

 不快感を露わに、二人を睨みつける。

 二人は気分を害した様子もなく、薄く笑みながら答えた。

「私はヌエット。こちらはネリネ。私達、以前はオリヴィエと同じ理科学倶楽部にいたのよ」

「今はやめて、聖女倶楽部に入ったけれどね。今日はオリヴィエにも聖女倶楽部に入ってもらおうと思って、ミサにお誘いに来たのよ」

「ふーん」

 ニコラは胡散臭そうに二人を睨みながらも、彼女達を応接間へ通し、屋敷の奥にいるであろう主人を呼びに向かった。


「お嬢様ー! なんか、ヌエットとネリネとかいう、学校の奴らが来てますけどー!」

 ノックもなしに、オリヴィエのいる部屋へ無遠慮に入っていく。女の子らしい、可愛らしい部屋だったが、部屋のあちこちに物騒な薬品や医療器具、血に染まったシーツなどが転がっていた。

 オリヴィエは机に向かい、薬の改良を行なっていた。ニコラが部屋に入ってきたのに気づくと、作業の手を止め、振り返った。

「ヌエット? ネリネ? 誰だっけ?」

「聖女倶楽部? って名前のクラブの生徒だって言ってましたよ。前は理科学倶楽部の生徒だったとか」

「あー、思い出した! 私とパラケルスス先生を裏切った、小心女どもだわ!」

「ひどい言いようですね」

「ひどいのはあの子達よ! "ちょっと様子を見に行くだけ"ってミサに行ったきり、戻って来なかったんだから! ちょっと待ってて。今、準備するから」

 オリヴィエは机の上に置かれた、陶器の人形の頭の中からエメラルドの指輪を取り出すと、を済ませ、指輪を人差し指にはめた。


 応接間の扉を開くと、ヌエットとネリネは長椅子に並んで座り、キスをしていた。

「へぇ、アンタ達ってそういう仲あったんだー」

 オリヴィエは彼女達の向かいの長椅子に座り、わざとらしく茶化す。ニコラはオリヴィエの背後の壁にもたれかかり、待機した。

 二人は動揺することなく、ゆっくりと唇を離し、蠱惑的にオリヴィエに微笑みかけた。

「そうよ。シスターのおかげで、私達は自由になれたの」

「オリヴィエも聖女倶楽部こっちにいらっしゃいな。シスターも貴方が来るのを心待ちにしているのよ」

 オリヴィエは「んー?」と悩むそぶりを見せた後、ニッコリと笑って答えた。

「「?」」

 オリヴィエの拒絶を受け、途端に二人の目から光が消える。まるで一瞬のうちに、人間から人形にしまったかのようだった。

 オリヴィエは気づいていない風を装い、言った。

「だって、聖女倶楽部にはパラケルスス先生がいないでしょう? 私、パラケルスス先生のことが好きなんだもの。先生を一人残して、行けないわ」

「それなら、大丈夫。先生も連れて行けばいいのよ」

「そうそう。シスターも、パラケルスス先生がいらっしゃったら喜ぶわ。ねぇ、そうしましょう?」

 オリヴィエは語気を強め、拒んだ。

「パラケルスス先生は私の先生だもの。誰にも渡さないわ。当然、聖女倶楽部に連れ去られた可愛い女の子達も、みんな私のものよ。毎日一人ずつ、大事に大事に抱き潰して、可愛がってあげようと思ってたのに、勝手に奪っていくなんて酷い話よね。効率的に考えれば、私が聖女倶楽部に入る方が早いんでしょうけど、ホーリィの下につくのは納得いかない。だから、私は聖女倶楽部には入らない。ホーリィを殺して、私が貴方達のご主人様になってあげる」

 オリヴィエは椅子から立ち上がり、指輪をはめた手で、ヌエットのアゴをくいっと上げる。

 そのまま親指で指輪の石の部分を押して反転させ、エメラルドの裏側に取り付けた針を表に向けると、ヌエットの首筋に針を刺した。

「痛っ」

 ヌエットはオリヴィエを突き放そうと、もがく。

「な、何をしているの?! ヌエットから離れなさい!」

 ネリネもオリヴィエを愛しい恋人から剥がそうと、彼女の髪や服をつかみ、引っ張った。それでもオリヴィエは離れなかった。

 やがてオリヴィエは指輪の石の中に仕込んでいた使を全て、ヌエットの体内に注入し終えると、ネリネをヌエットの胸元へ放り、彼女から離れた。

「これで良し。後は経過観察するだけねー。ニコラ、他のメイドにお茶を持ってくるよう言ってきて」

「りょーかい」

 ニコラはオリヴィエが何をしたのか、一切尋ねることなく、応接間から出て行った。この場合の「お茶を持ってきて」は、「今すぐこの部屋から出ていきなさい」という命令を意味していた。

「ヌエット! 大丈夫?!」

「ネ……リネ……」

 薬の原液を注入されたことで、ヌエットの全身は瞬く間にオレンジの羽毛で覆われていた。

 異形の姿となった彼女に、ネリネは青ざめ、後ずさった。

「なんなの、その羽根……? 私にも感染うつったりしないでしょうね?」

「さぁ? どうだったかしらね?」

 ネリネの問いに、オリヴィエは曖昧に返す。彼女の恐怖を煽るには、それだけで十分だった。

「いやぁぁ! 来ないで!」

 ネリネはヌエットを突き放し、応接間の扉へ飛びつく。

 しかし、ニコラが外から鍵をかけたせいで、いくらドアノブを回しても扉は開かなかった。

「どうしたの、ネリネ? 何でそんな怯えた目で、私を拒絶するの?」

 ヌエットは自身の変化に気づかず、戸惑った様子でネリネに近づく。

 その瞳は、ネリネに一歩近づくごとに狂気の色を帯びていった。

「私達、約束したわよね? 将来は結婚して、白い大きなお屋敷に住むって。可愛い女の子を二人、養子に引き取って、一緒にシスターを崇拝しながら、慎ましく暮らすって」

「確かに言ったわ! でも、今の貴方とは無理よ! そんな醜い化け物なんかと一緒にいられるもんですか!」

「酷い……! "何があっても、ずっと一緒にいようね"って、約束してたのに!」

 ヌエットは翼を羽ばたかせ、ネリネに襲いかかる。

 手でヌエットを拒絶し、悲鳴を上げるネリネの口を、ヌエットはキスをするように噛みついた。


 ネリネが跡形もなくヌエットの胃の中に収まると、ヌエットは天使薬の毒によって事切れ、その場に倒れた。

「ニコラ、もういいわよ。運ぶの手伝ってー」

 オリヴィエはヌエットの死体を持ち上げ、外で待機させていたニコラを呼ぶ。

 その時ふと、ヌエットの首から下がっている黒百合のロザリオに目が止まった。

「……これ、を誘き寄せるのに使えそうだわ」

 オリヴィエはニヤリと笑むと、ヌエットからロザリオを奪った。

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