第7章 顧問選別ディスポーザブル 第4話『承認』

「あら、メリー先生。これからお帰りですか?」

 部活を終え、メリーが職員室へ戻ってくると、保健医のモーブに迎えられた。

 他の教師達は帰宅したのか、職員室には彼女しかいない。

「えぇ。モーブ先生が職員室にいらっしゃるなんて、珍しいですね」

「健康診断の書類を持って参りましたの。私も帰るところですわ」

 モーブは学校の教師とは思えぬほど、艶やかな美女だった。

 神秘的な紫色の髪、真っ赤な口紅、口元にホクロ、抜群のスタイル、高い背丈……女であるメリーですら、思わず胸が高鳴ってしまうほど魅力的だった。

(モーブ先生、今日もお美しいわ。いつかご一緒にお茶を……)

 メリーはモーブとの逢瀬を想像しかけ、ハッと我に帰った。

(ダメダメ! 女性同士、しかも教師がそんな関係になるなんて、不純だわ! こんな気持ちは忘れないと)


「そういえばメリー先生、理科学倶楽部の顧問に就任されたそうですね」

 理科学倶楽部と聞き、メリーの表情が曇った。

「……えぇ。気は乗らなかったのですが、教頭先生に"どうしても"と頼まれてしまって……」

 メリーは先週から理科学倶楽部の顧問として、部活動に参加している。数学教師であるメリーにとって理科は専門外だったが、理科学倶楽部は生徒達が自主的に活動している部であるため、心配なかった。

 ただ、今まで理科学倶楽部の顧問になった教師のうち、一人は行方不明、もう一人は事故死していることから、「自分にもそのうち不幸が訪れるのではないか」と不安になっていた。

「やめたいですか?」

「そりゃ、やめられるものなら今すぐにでも」

 するとモーブは薄く笑い、メリーに言った。

「私、変わって差し上げましょうか?」

「えっ、いいんですか?」

 途端にメリーの表情がパッと明るくなった。

「で、でも、危なくないですか? マリー先生もミシェル先生も、理科学倶楽部の顧問になったせいで、あんなことになってしまったんですよ?」

「構いません。むしろ、興味があります。なぜお二人が消えねばならなかったのか」

 モーブは引き出しから一枚の書類を出し、メリーに渡した。既にモーブのサインは書かれている。

「顧問委任状です。これがあれば、教頭先生も文句を言えないでしょう」

「ありがとうございます! 早速サインして、提出しておきますね!」

 メリーはモーブのサインの下に自分のサインをし、書類を教頭のデスクへ提出した。

「承認して下さるといいですね」

「そうですね」

 モーブの息がメリーの耳元にかかる。かすかに花の香りがした。

「ひっ」

 メリーは赤面し、飛び上がる。いつのまにかモーブは教頭のデスクに手をつき、メリーを覆うようにして立っていた。

 モーブの豊満な胸がメリーの背中に押し当てられ、布越しに独特の柔らかさと温度が伝わってくる。メリーが今まで感じたことのない感触だった。

「も、モーブ先生、何を……」

「ねぇ、メリー先生。委任状だけじゃなく、私自身も承認して頂けませんか? 私のこと、ずっと物欲しそうに見ていらっしゃったでしょう?」

 戸惑うメリーに構わず、モーブは背後からメリーを強く抱きしめる。その手でメリーのアゴを上げさせ、唇を重ねた。

「んっ……!」

 メリーは思わず目をつむる。

 モーブの唇は柔らかく、いい香りがした。それが口紅の匂いなのか、彼女の体臭なのかは分からなかった。

 そしてあれだけ拒絶しようとしていたにも関わらず、メリーは不思議と嫌な気分にはならなかった。むしろ、もっとモーブと重なりたいとすら願った。無意識に体勢を変え、モーブに抱きついていた。

(知らなかった……私の体が、こんなにもモーブ先生を求めていたなんて。私の体はとっくの前から、モーブ先生を承認していたのね)

 モーブが唇を離すと、メリーの唇にモーブの赤い口紅が承認の印のように残っていた。

 メリーは上着をはだけさせると、「モーブ先生」と頬を赤らめ、モーブにねだった。

「私の体にも、承認の印をつけてくれますか?」

「えぇ……もちろん」

 モーブは口紅を塗り直すと、メリーの体のあちこちにいくつもの"承認の印"をつけた。


 翌日から理科学倶楽部の顧問はモーブに変わった。

 密かにメリーの処分を企てていたオリヴィエ達は拍子抜けし、なぜメリーは辞めたのか話し合った。

「やっぱ、他の顧問が急にいなくなったから怖くなったのかしら?」

「あの教頭がそんな理由で交代させてくれますかね?」

「新しく顧問になったモーブと、何か取り引きをしたのではないでしょうか?」

「にしてはあの二人、仲良過ぎない?この前、階段の下でイチャついてるの見ちゃったんだけど」

「せっかく、どうやって処分するか考えていたのに、残念でしたね」

 新たに部員になったレイチェルは不満そうに唇を尖らせる。

 オリヴィエは「そうね」と同意しつつ、メリーとイチャついていた時のモーブを思い出し、うっとりとした。もしあの時のメリーが自分だったら、どんなに良かっただろうと想像せずにはいられなかった。

「でも……モーブ先生って素敵じゃない? 理想の理科学倶楽部の顧問って感じ。ますますメリー先生が邪魔になったわ」

 オリヴィエはモーブを顧問として承認したいがために、メリーの命を狙っていた。

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