第4章 聖女倶楽部エンジェルホーリィ 第1話『天使』
夕刻、犬の散歩をしていたターニャは学校の教会から二人の天使が飛び立つのを見た。
天使など空想の産物に違いないと思い込んでいたターニャは我が目を疑いながらも、興味を惹かれた。
「きっと他にも天使が住んでいるんだわ」
ターニャは一旦家へ帰ると、「宿題を忘れてきた」と嘘をつき、学校へ走った。
教会の中は無人だった。
天使の姿もなく、変わったことと言えば、祭壇の前に見慣れぬ柩が置かれていたことだけだった。中は水で満たされ、黒百合の花が不気味に浮いていた。
「これが天使のベッド? ずいぶん冷えそうね」
「……て」
その時、かすかに声が聞こえた。女性の声で、足元から聞こえてきた。
ターニャは床に耳をつけ、呼びかけた。
「そこに誰かいるの?」
「……助けて。閉じ込められているの」
今度はハッキリと聞こえた。
今にも息絶えそうな弱々しい声で、必死に訴えかけてくる。
「……祭壇に飾られた天使の像を右へ回して。そうすれば、扉が開くわ」
「貴方、何者なの?」
「天、使……」
そこで声は途切れてしまった。
ターニャは慌てて祭壇に飾られた無数の小さな像から、天使の像を探し当てる。金の輪っかと翼が生えた、美しい女性の天使で、純金で出来ていた。
言われた通り右へ回すと、祭壇が真ん中から割れ、地下へと続く階段が現れた。薄暗く、先は全く見えない。
「こんなところに隠し部屋があったなんて、知らなかった……」
ターニャは祭壇から蝋燭を手に取り、階段を降りていった。
やがて、石で作られたドアにたどり着いた。
「こっちよ、こっち」
声はドアの向こうから聞こえてくる。
ターニャは意を決し、ドアを開いた。
「あぁ……待ってたのよ」
そこには長い黒髪の女が寝そべっていた。否、手足に大きな鉄の杭を打たれ、地面に磔(はりつけ)にされていた。不思議と傷口からは出血が見られなかったが、あまりの痛々しさに、ターニャは言葉を失った。
さらに、彼女の周囲には彼女を取り囲むように無数の白骨死体が転がっており、ただの女学生であるターニャには刺激が強すぎた。
しかし女の姿を見ると、痛々しいばかりではないように思えた。
女は修道女だったのか、そこかしこに黒百合がついた黒いレースの修道服を着ていた。頭にはベールも被っている。黒いレースの下には何も身につけておらず、白い肌が透けて見えていた。
凄惨な現場には変わりなかったが、彼女のミステリアスな美貌も相まって、美しい絵画でも見ているような気分になった。次第にターニャは恐怖を忘れ、高揚していた。
(なんて美しい人なの……もっと近づいて、触れてみたい)
ターニャはフラフラと女のもとへ歩み寄り、腰を下ろす。女の美しさにすっかり見惚れ、「彼女を助ける」という本来の目的を忘れていた。
「ん……っ」
ターニャは女が逃げられないのをいいことに、無断で彼女の唇へ唇を重ねた。
「ふ、ぁ……」
すると女もターニャの行為をすんなり受け入れ、それどころかターニャの唇の隙間から舌をすべり込ませるという、積極的な行動に出た。大きく、粘着的な女の舌が、ターニャの小さな舌に蛇のようにからまり、舌の隅々まで舐め回す。
舌を刺激したことにより、ターニャの口から唾液があふれてくると、女はターニャの口に吸いつき、唾液を飲み干した。
「ハァ、ハァ……」
ターニャは限界まで耐えたが、ついに息が苦しくなり、たまらず口を離した。
荒く呼吸を整えるターニャに対し、女は蠱惑的な笑みを浮かべるばかりで、全く呼吸が乱れていなかった。
「ごちそうさま。久しぶりに甘いスイーツをいただけて、嬉しかったわ」
「わ、私こそ、無理矢理キスしてごめんなさい……」
女の笑みを目にした途端、ターニャの心臓はさらに跳ね上がった。彼女と出会って間もないはずなのに、時が経つにつれて、彼女を欲する気持ちが増していった。
(きっと、彼女が天使達の女王様なんだわ。金の輪っかも純白の翼もないけれど、同性に興味のない私がこんなにも恋い焦がれるなんてあり得ないもの。あぁ、欲しい……彼女の唇も、胸も、足も……全てを私のものにしたい!)
「ダメ……耐えられない!」
ターニャは呼吸が整うのも待たず、女に抱きついた。もともと服かどうかも怪しい黒いレースを破り取り、柔肌をつかむ。
女は嬌声こそ上げるものの、一切抵抗することなく、聖母のような眼差しでターニャの行為を最後まで見守っていた。
「フフフ……可愛らしい子。貴方は私の天使よ」
その瞳には慈愛とは別に、深い深い闇が宿っていた。
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