第6話
「ふぉぉぉぉう!」
「いや、しかしだ!」
天外はさっと立ち上がり、顎を撫でつつ目を深く閉じた。
「ふんのぉぉぉぉう!」
天外はタバコの臭いの染み付いた薄っぺらい座布団の下に頭を潜り込ませ、じたばたとのたうち回った。
「だが、それでもだ!」
天外はさっと立ち上がり、顎を撫でつつ目を深く閉じた。
「ぐがががががぁ!」
天外は再び座布団の下に潜り込む。
何度繰り返しただろう。
後悔と羞恥、さざなみのように寄せては返すやり場のない感情に天外は翻弄されていた。
それどころか、褒められ興味も持ってもらった。
天外が望んでいたことが全部まとめて舞い込んできた言っても過言ではない。
しかし、そのために手品を使ってしまったのだ。
雅ら理様はきっと気づいていない。
邦魔で最も優れた魔法の使い手。
魔法のことを熟知した人間。
だからこそ、魔法以外のことには疎いはずだ。
まさか家元の前で門人が手品を使うというバカな真似をするなんて、想像すらしていないだろう。
天外が認められたこと、そのすべてが嘘っぱちの上に乗っかっているのだ。
事実を言ったら破門になるかもしれない。
少なくとも軽蔑はされるだろう。
今まで築き上げたすべてが崩れ去り、天外の家族までもが白い目で見られる。
するべきではなかった。
なんであんなことをしてしまったのか。
だけどあの時、真っ当に天外の未熟な魔法を見せた所でどうにかなったとも思えない。
天外は天外にできる全力で当たるしかなかった。
手品を含めて天外なのだ。
インチキも虚栄も自尊心も含めて天外なのだ。
雅ら理様の本当に素晴らしい真の魔法を目にした時、天外は自分の全てを出すべきだと決意した。
間違いだった。
だけどその間違い以外の選択は天外にはなかったのだ。
そうは言っても、天外の心を様々な思惑が突き刺してくる。
このまま黙っていれば、雅ら理様と良好の関係を築ける見通しもある。
しかしそれで手に入れた栄光に自分が納得できるのか。
「ぎょょおおおん!」
天外はまた座布団の下に頭を潜り込ませ足をばたつかせた。
そんな天外の後頭部に、ずっしりと重みがかかり鼻が潰れる。
「天外くん、とってもうるさいです!」
顔を上げるとそこには健康的な肉付きの足。
「なんだきゃーちゃんか」
「馴れ馴れしく呼んではダメです。
天外の頭上でスカートの中を丸見えのまま仁王立ちになった喜夜子が見下していた。
天外が起き上がると、喜夜子は若者衆の部屋の中を見回して言った。
「
「今日は帰ってこないんじゃないかな、山に行くって言ってたし」
「色許男に会いに来たのにいないんじゃしょうがないです。色許男に会いに来ただけなのに天外くんしかいないのは困るです。はぁ~、天外くんだけじゃしょうがないけど、しょうがないからここにいるです。本当は色許男に会いに来たけど、これじゃしょうがないです」
喜夜子は執拗に色許男に会いに来たことをアピールしたのち、若者衆の部屋の座椅子に小さな身体を沈める。
天外より三つ年下、雅ら理様より二つ下なので現在12歳のはずだ。
「きゃーちゃん、眠いなら自分家帰ってから寝なよ」
「眠いわけないです! もう子供じゃないんです。あと喜夜子様です!」
日本人形のようなおかっぱを揺らしながら怒鳴る。
確かに、家柄から言えば喜夜子様と呼ぶのが当然で怒られても仕方がない。
でも長年のクセなのでついうっかりそう呼んでしまう。
邦魔の格ではとんでもなく上の喜夜子ではあるが、天外とは幼馴染なのだ。
邦魔関係者は本家を取り囲むように住んでいて、家ぐるみで付き合っている。
その中で天外と同世代のものはほとんどおらず、年の近いものは雅ら理様と喜夜子くらいだった。
雅ら理様は当然生まれた時から別格で一般の学校に通うこともなく、一緒に遊ぶということもなかった。
その点、喜夜子は自由に育てられていて妹のような感覚で長年過ごしてきた。
そんなカジュアルな関係だったのに、最近反抗期が訪れつつあるらしい。
「ボクは役割があるからきゃーちゃんと遊んでばっかりいられないよ」
「遊んだことなんて一度もないです。きゃーは、ここで天外くんが怠けてないか注意するためにいるんです。案の定怠けて大騒ぎです」
「怠けてなんかないよ。大人には大人の悩みがあるんだよ」
「きゃーを子供扱いしてはダメです。相談に乗ってあげるからなんなりと打ち明けてみるです」
喜夜子は膝立ちで行儀悪く近づいてきた。
いくら大人ぶっても顔立ちがまだ子供っぽい。
顔立ちは雅ら理様と似ているから余計そう感じる。
「たとえば、止むに止まれず嘘をついてしまったことを後悔してるとしたらどうしたらいいと思う?」
「う~ん、それはとても難しい問題です。きゃーも、たくさん経験あるです。ヤムニヤのことは大問題です」
きめの細かい肌に無理やりシワを作って喜夜子が唸る姿を見ると、思わず笑ってしまう。
「ボクは魔法があんまり上手じゃないのは知ってるよね?」
「大丈夫です。天外くんはちょっと才能が足りないだけで、猿に比べたら全然できてるです」
「もうちょっとマシなのと比べて欲しいけど、ありがとう」
「でも手品はダメです。ああいうことをしたら、せっかくちょびっとだけある天外くんの才能が死んじゃうです。あんなの邦魔の人が見たら、みんなお怒りで大噴火です」
天外が言う前から機先を制され釘を差された。
喜夜子とは一緒にいる時間も長かったし、天外が手品を使うのを見られたこともある。
当主ではないとはいえ、邦魔の花として育てられた喜夜子にとっては手品なんて言う詐術は許せないのだろう。
それが邦魔の人間の真っ当な反応だ。
「そうだよな。手品なんてダメだよな」
「天外くん、大丈夫です。そんなものに頼らないでも、天外くんならいっぱいいいところがあるです」
「例えば?」
「えと……えと……」
喜夜子は舌っ足らずな口調で困りながら、天外の毛髪をチラチラと見てる。
「そうか。パーマか。ボクから天然パーマを取ったら何も残らないってことだよな」
「違うです。えと……骨が残るです!」
「いや、別にパーマなくなっても死なないからな。全生命力をパーマに注いでるわけじゃないから」
子供ながらに必死になって天外を励まそうと頑張ってくれてる喜夜子を見ていたら、なんだか自分のことばっかり考えてグルグルと悩んでいたのがしょうもなく思えてきた。
「色許男のバカはおらんか! 由緒正しき閑仁王の訊杖を持ちだしおって」
「おらんです」
「おぉ、きゃーちゃん。色許男のバカはどこに行ったか知らんかね?」
喜夜子のそっけない返事に国定老は好々爺然とした甲高い声を出して笑顔で語りかける。
小さい頃から本家のアイドルとして可愛がられた喜夜子は、ご老体衆からは目に入れても痛くない孫娘のような扱いを受けてる。
「メッセージ着てたです。山に登りに行ったです」
喜夜子はスマホを取り出してそう言った。
「色許男に会いに来たんじゃないの?」
さっき散々ここには色許男に会いに来たとアピールしてたのはなんだったんだ。
思わず天外が尋ねると喜夜子は顔をみるみる目の周りを赤くした。
「そうです! 天外くんなんかに会いに来たわけじゃないです。色許男に会いに来たんだけど、メッセージは……いつの間にか……山に……だって……嘘じゃないです」
そう言いながら大きな瞳の睫毛に涙が溜まっていった。
その姿を見て国定老は慌てて吐き捨てるように言った。
「まさか由緒正しき訊杖を杖代わりにしたわけじゃ。一体なにしに山なんか行ったんだあのバカは」
喜夜子はスンスン鼻を鳴らしながら答えた。
「マリー・アントワネットの埋蔵金の地図みつけたんです」
そんなもん埋蔵してるわけ無いだろ。
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