第10話

 いつものように天外てんがいは稽古を時間いっぱい楽しみ、若者衆の部屋を開ける。

 そこには、だらしない格好の色許男しこおが寝転がっていた。

 手の届く範囲にゲームやリモコン、マンガ、スマホなどが転がり、『自堕落』というタイトルをつけて絵画として売りたいくらいだ。


「天ちゃま、聞いたよ。雅ら理からりちゃんだけじゃなく、あの宵子よいこちゃんまでメロメロにするとは、やるねぇ。憎いよ、このプレイボーイ」

「どこの噂で聞いたのかしらないけど、尾ひれはひれがつきすぎて原型を留めてない。色許男の方こそもうちょっと気を引き締めなよ。どこに行ってたんだ」


 天外は色許男の横に座り、雑に置かれたおもちゃたちをひとまとめに寄せる。


「ジジイが刺客を放ってくるもんだから、マリー13世になんとか匿ってもらってたんだよ」

「誰、マリー13世って」

「マリー・アントワネットの子孫だよ。代々埋蔵金を守ってるんだ」

「そんなわきゃないだろ」

「もうちょっとでマリーを口説き落とせるところだったが緊急事態につき戻ってきた」

「大げさな。どうせ相手にされずにすごすごと戻ってきたんだろ」

「天外。お前、頭大丈夫か? 魔法使いすぎてバカになったんじゃないだろうな」


 色許男は天外の肩を両手で掴んで顔をじっと見つめてきた。


「はっ? なんだよ、急に」


 色許男の真剣な表情に天外は気圧される。


「雅ら理ちゃんのことだぞ? 宵子ちゃんと一緒に番組のロケに行くって言い出して。もう爺さんたちは寿命が20年縮むくらいの大騒動になってるぞ。あの調子じゃ、あと300年も生きられまい」

「妖怪か。そんなことボクは聞いてないけど?」

「雅ら理ちゃんは最初天外と行くと言い出したんだ。でもそんなのあのジジイたちが認めるわけはないわな。そんで困った雅ら理ちゃんは信頼の厚いこの色許男さんを頼ってきたというわけだ。俺が目付役についていけばジジイたちも文句を言うまい。マリーは俺にとってかけがいのない女だが、雅ら理ちゃんの頼みとあったらしかたない。後ろ髪引かれる思いで帰ってきたんだ。ほら、襟足がちょっと伸びてるだろ?」

「雅ら理様がボクを? 他には? 他にボクのことなにか言ってた?」

「天外は色許男さんにきつく当たりすぎとか、もっと色許男さんに優しくした方がいいとか、具体的には甘い系のフワフワしたお菓子としょっぱい系のサクッとしたお菓子を買ってあげるといいって言ってたな、確か」

「言ってないだろ! なんでよりによって色許男に。ボクに直接言ってくれればいいのに」

「俺と雅ら理ちゃんとのプライベートな会話を天外なんかに漏らすか。墓場まで持っていく。でもあの雅ら理ちゃんにあんな事言わせたんだから、なかなか罪作りな男よの。邦魔一のプレイボーイであるこの俺が免許皆伝をつかわそう」

「いらないよ、そんな免許。何に使うんだよ」

「今ならセットでフグをさばく免許もつけちゃう」

「勝手にそんな免許くれるな。色許男にそんな権限無いだろ」

「玄界灘で巨大人食いフグと縄張り争いをした時にもらったやつだ。『お前ならさばかれてもいいフグ』って言われてな」

「フグ直々にもらっちゃったのか」

「それからしばらくはフグをさばくので忙しかったなぁ。被告フグ、死刑!」

「そういう意味で裁いてたのか」


 色許男に弱味を握られていると思うと一生枕を高くして眠れないような気がするが、天外の心はそれとは裏腹の重たい感情が負荷をかけ続けていた。


 言うまでもなく雅ら理様に手品を見せたこと。

 そしてそれを打ち明けられずにいること。

 雅ら理様が天外に対してなんらかの興味をもったのなら、それはあの手品のせいであることは疑いようもない。


 色許男はそのことを知っている。


「もしボクが雅ら理様に、あの時見せたのは手品ですって白状したらどうなると思う?」


 天外がそう尋ねると、色許男は腕を組み目を瞑って俯いて眉間にシワを寄せて唸った。

 しばらくそのまま黙りこむ。


 それもそうだ。

 邦魔の家元に対して手品を使うなんて。

 そしてそれを隠していたなんて二重の罪だ。

 色許男にも原因があるとはいえ、改めて大変なことをしでかしたと考えてるのだろう。


「う~ん、天外。突然何の話だ?」

「忘れてるのかよ! なんでだ、あんたあの時いただろ」

「俺の頭の中のウルトラエクセレンス第六感コンピューターはそんなつまらないことを覚えていられない」

「そもそも脳みそがあるのか疑わしいよ」

「なぁに、雅ら理ちゃんは魔法じゃ向かうところ敵なしだ。あとは余計に心乱されることのないように天外がいりゃ大丈夫だろ」


 ドタドタと大きな足音を立てていつもの土間声が響いた。


「色許男のウスラトンカチはおるかー!」


 スパーンと音を立てて廊下に面した障子戸が開き、国定老が立っていた。


「じいさん、今日はもう6回も怒られたじゃないか。明日にしてくれないか」

「ならばこの銘器、薄桃椀の底に開いた穴はお前のせいではないのか?」

「あー、それ。なんかちっちゃいポッチがついてたから、プリン用かなと思って」

「プッチンしちゃったのか」

「したくなるでしょうが。ポッチがついてたら。プルンってでてきたよ」

「なんて罰当たりな。お前はプッチンしていい椀としてはならぬ椀の違いもわから……ヒグゥ」


 そう言ったまま国定老は仁王立ちのまま青ざめていった。


「やばい! じいちゃんがプッチンしたぞ。天外、あとは頼む!」


 そう言って色許男は風のように去っていった。

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