第11話

 砂利の山に囲まれた広い空間に、重機が動く音や、それを指示する作業の音が響く。


 昼も過ぎ、太陽も眩しさを抑え気温も下がり始めた。


 天外てんがい雅ら理からり様と色許男しこおと共に、テレビの収録現場に来ていた。

 と言っても、テレビに出るわけではなくお忍びでの見学だ。


「うっひょぉ~い! 本物の作り物だ! コイツァ、腕が鳴るな」


 色許男は別に誰も期待してない腕の音を鳴らしながら、勝手に盛り上がってそこらじゅう駆け回っていた。


 雅ら理様も、心なしか顔色がよく見える。


 色許男はともかくとして、雅ら理様だけではなく、天外すら浮足立っていた。


 本日の主役である眞狩まかり宵子よいこはラフなパンツスタイルで天外たちを迎え、番組関係者にそれとなく紹介をしてくれた。


 臙脂えんじの着物でいつものように綺麗に髪を結い上げきっちりとした装いの雅ら理様は、その場に来ていた穂丹楽ほにらく流のご老体衆などから驚きと歓迎をもって囲まれ、慣れた様子で挨拶をしていた。


 邦魔関係者ではあるけど格が低く、一般人扱いの天外は蚊帳の外に追いやられていた。

 しょうがないのでぼーっと現場の慌ただしい動きを眺める。


 番組の内容はと言うと、いかにも無責任で野次馬根性を持った大衆が好きそうな『科学と魔法の対決』という構成だった。


 昔から人間は、科学と魔法をライバルにしたがるらしい。

 魔法に携わっている人間にしてみれば、そんなのは『料理と文学の対決』くらいちぐはぐな気がする。


 はじめは見慣れなさもあって面白く眺めていた現場の光景だったが、結局何をやっているかよくわからないので飽きてくる。


 こんな時に色許男でもいれば退屈しないのに、彼は持ち前の落ち着きのなさを遺憾なく発揮して行方不明になっていた。


 一方雅ら理様の様子を窺うと、さっきよりも取り巻きの老人の数が増えていた。


 雅ら理様が囲まれてるのは気になるけど、あの老人たちも穂丹楽流の権威のある人だろうし、天外みたいな立場の人間がズケズケでていくほうが問題ありそうだ。


 ここはやっぱり、慣れた雅ら理様に任せるのが一番なのだろう。


 暇つぶしに傍らに無造作に置かれていた台本を手に取る。

 台本に書かれた煽りタイトルには『魔法少女VS巨大ロボット』と書かれていた。

 真面目なものとは思えない。

 しかし大衆の心をガッツリと掴みそうなイメージはある。

 台本にはかなり細かく筋書きが書かれており、スタジオの芸能人が驚くセリフまで書いてあった。


 本当に科学と魔法が戦うなんてよくわからないし、生放送での中継をプログラム通りに終わらせなきゃいけないわけで、こういう筋があるのが当然なのだろう。


 魔法少女である宵子がコスチュームを変え、ファイアーボールで攻撃をする。

 ロボットはそこで半壊し、内部電源に切り替わる。

 それでもロボットは愚直に攻撃をし、ついに魔法少女を拘束する。

 魔法少女ピンチ! と言った場面で、ロボットに拘束された魔法少女の衣装が破かれ、肌が露出するというセクシーシーンが明示されていた。


「おおっ! キモノ男子発見! やだぁ、なにこれぇ。頭大噴火ぢゃないのぉ!」


 キンキンと耳に響く声がしたかと思うと、天外の頭を誰かが豪快に揉みしだく。

 振り返るとそこにいたのはホシノ澄江だった。

 テレビで割とよく見るグラビアアイドルだ。


「ホ、ホシノ澄江! 本物?」

「失っ礼ぇ! 混じりっけなしの本物100%なんだからぁ!」


 そう言ってホシノ澄江は膝まであるダウンコートの前を豪快に開いた。

 その下には、服というよりも見えてはいけない部分を隠すための最低限の布しかなかった。

 さすがグラビア界を長年生き抜いてきただけある。

 割とベテランで全盛期はすぎた感じがあったけど、実際に目の当たりにしてみるとそのインパクトは強力すぎる。


 台本で宵子のセクシーシーンを想起していた天外は、目の前に繰り広げられる肌色の光景に言葉を失ってしまった。


「ものっすごいガン見してくれるねぇ、キミィ」

「いえ、あの。違う。いや、違わないけど。ごめんなさい」

「邦魔の付き人の人がいるらしいんだけどぉ、どの人か知ってるぅ?」

「それ、ボクです」

「うそぉ! イケメンって聞いてたのにぃ、おこしゃまなんだぁ」

「おこしゃまじゃありません」


 面と向かって子供扱いされると、なんだか傷口を撫でられたようで反発してしまう。

 なんとなく喜夜子の気持ちもわかるような気がした。


「そうねぇ。にょバディにビンカンに反応しちゃう辺りは、もうケモノよねぇ。宵子もこんな若い男からエキス吸い取ってピチピチしてるわけねぇ。こんな特番やらせてもらっちゃって、魔女はズルいわぁ」

「エキスなんて吸い取られてません。魔女っていい方もやめてください。そもそもテレビなんて邦魔にとってどうでもいいことなんですよ」

「テレビなんてぇ? それ本気で言ってるのぅ? テレビの仕事バカにしてんのぅ?」

「馬鹿にしてるわけじゃないですけど、邦魔の伝統に比べたらテレビなんて品のない見世物じゃないですか。この科学対魔法なんて知性の欠片も感じられない」

「あんたさぁ、その言葉ぁ。このおっぱい見ながらでも言えるのぅ?」

「なっ、なんですか、その切り返しは。しまって下さい」


 ホシノ澄江はダウンコートをおもいっきり投げ捨てると、これみよがしにその布地の少ない衣装で天外に近づいてきた。


「このおっぱいのためにぃ、どれだけ頑張ってると思ってるのぅ? 肌を、スタイルを保つために、お金だって時間だってたくさん使ってるのよぅ。みんなプロフェッショナルなのよぅ。少しでもいいものを作ろうとしてるのぉ。たとえ他人からどんなにくだらないって思われてもねぇ」

「わかりました。おっぱいはすごいです。わかりましたから」

「わかってないわよぅ! バカのための番組だなんて思ってぇ。誰よりもプロフェッショナルなのは宵子なのよぅ。テレビ的な面白さにちゃんと向き合ってぇ。本当はすごい立場なのかもしれないけど、宵子は絶対にバカになんてしないわよぅ。そんなこともわからないで付き人してるのぅ?」

「いえ、ボクは宵子様の付き人ではな……」

「邦魔のことなんて知らないわよぅ、科学のことなんてわからないわよぅ。だけどぉ、あたしはグラビアの良さを知ってるのぅ。エロだ下品だって言われてもぅ、それが人を元気にさせる表現だと信じてるのぅ。人に興味を持たせるためなら、多少下世話に煽ってでもやるっていうのがテレビのやり方よぅ。それの何がいけないの? みんな自分を信じて真面目にバカやってるのよぅ。おこしゃまにはわからないわよぅ」

「すみませんでした。確かに考えが足りませんでした」


 一言一言ごとにホシノ澄江は近づき、今やその胸の膨らみは天外の鼻先2cmほどまで接近していた。

 どことなくいい匂いがするし、なんだかもう近すぎてよくわからなくなる。


「本当にわかったのぅ? わかったのなら、あたしのおっぱい見てどう思うのよぅ?」

「えー。あ、それは、いいと思います」

「どういいのよぅ!」

「綺麗で大きくて素晴らしいものだと思います」

「もぉう、エッチィ! 男ってみんなそうなんだからぁ!」


 そう言ってホシノ澄江は天外の身体を跳ね飛ばした。

 跳ね飛ばすのに使ったのが身体のどの部分だかは近すぎてわからなかったが、ものすごく柔らかくボイーンとしてた。


 理不尽さと混乱でぼんやりしていると、ホシノ澄江はくしゃみをしてブルっと身体を震わして去っていった。


さすがにあの格好では寒かったのだろう。

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