第12話
ホシノ澄江の言葉は
グラビアなんて言う誰がどう見ても軽そうな仕事にだって、やっている者は矜持を抱えている。
見世物扱いで巨大ロボットを動かしている科学班だって、普段は実直に研究を積み重ねているはずだ。
テレビのスタッフも警備をしている人たちも、ふざけてやっているわけじゃない。
その気持ちは邦魔だけじゃないのだろう。
そして我々邦魔の代表としてそこに出ていく宵子も、目立ちたいだけじゃなく邦魔の看板を背負って戦うことになる。
雅ら理様が式典で披露することより劣ったものだなんて、誰も言うことはできない。
今まで邦魔のことばかりで視野が狭まっていた。
邦魔のあまり奮わない現状を不満に感じるあまり、他のものを見下していた部分もある。
なんだかそこに気づいて急に恥ずかしいやら悔しいやら複雑な思いが湧いてくる。
少なくともそんな思いに至ったというだけで、ここについてきてよかった。
そう思い振り返ると、眼の前に雅ら理様がいた。
髪が触れそうなくらい。
息が掛かるほど近くに。
「雅ら……理様。いつからそこに」
「ガン見してるところからです」
「いや、違うんです。それは色々と複雑な経緯があって、特に宵子様がこの番組収録でかなり大変な思いをするという事を踏まえてですね」
そこに呼ばれたように宵子がピョコピョコとリズミカルに近づいてきた。
「雅ら理ちゃんもテンちゃんもいっつも一緒で仲の良いこと!」
「そりゃ、ボクは世話役ですから」
「そんなことないよー。うちの貴澄なんて、しょっちゅうあたしをほっぽり出して好き勝手やってるんだから。愛がないのよね、愛が」
「ボクは別に愛とかそういうんじゃなくて……それよりも台本読みましたけど、結構際どい格好とかがあるようで大丈夫なんですか?」
「あぁ~全然。健全なものよ。あたしはもっと見せたっていいんだけど、邦魔の品格とか色々おじいちゃんたちもうるさいからさー」
「そりゃそうですよ。穂丹楽流の家元なんですから」
「そのサービスだってきちんと話し合って作ってるんだよ。大の大人たちが雁首揃えて『どこまで露出したらいいのか』なんて会議してるんだから笑っちゃうよね」
宵子は大きな口を開けて笑った。
その笑い声が終わらぬうちに雅ら理様が聞いたことのない強い口調で言った。
「宵子さん、私が代わりにやらせてもらいます」
その言葉の内容を天外は意味が把握できなかった。
宵子も同じようで、細かくまばたきを繰り返して雅ら理様に聞き返す。
「代わりってなんの?」
「この番組の魔法少女の役です」
「雅ら理様! 何を言い出すんですか、そんなこと許されるわけないじゃないですか」
「私にもできると思います」
雅ら理様の突然の提案に、天外は思わず大きな声を出してしまう。
突拍子もないバカなことなら色許男で慣れているものの、まさか雅ら理様がそんなことを言うとは思わない。
しかし冗談という感じでもなかった。
宵子は複雑そうな表情を浮かべて雅ら理様をじっくりと伺って言った。
「あらら。雅ら理ちゃんて思ったよりもエキセントリックだったのね。できるかって言われたらできないわよ。それはあたしの役割だから」
「当たり前です。本家当主たる雅ら理様がするようなことではありません」
天外は叱りつけるような勢いで雅ら理様にそう言う。
宵子はゆっくりと息を吐いて、諭すように言った。
「そうね、そんなこと考えもしかなったけど、確かにその方がお客さんは喜ぶでしょうね。それにきっと雅ら理ちゃんの魔法の力なら簡単にこなせるのよね。邦魔のお爺ちゃんたちは怒るだろうけど、全体から考えたら喜ぶ人の方が多いかも。でもね、やっぱりダメ。絶対にダメ」
「それは私の胸が小さいからですか?」
雅ら理様は、なおも引き下がらず、宵子に食らいついた。
胸の問題とかそんなことではない。
本家の当主がテレビに出て芸人のようなことをするなんて考えられない。
「おっぱいの大きさは関係ないわ。ただあたしのプライドの話。ごめんね、二人のために力になりたいとは思っているけど、あたしだって譲れないものがあるの。たとえ本家の当主でも。よぉく見てて、私だって負けてないってところ見せてあげるから」
宵子は口角を上げて笑顔を作りながらも、胸を反らして力強くそう言った。
「わかりました」
雅ら理様がそう答えると近くでヘリコプターのプロペラが轟音を立てた。
巨大ロボットの全景を捉えるために空撮をするらしい。
風圧で砂埃が舞い上がり、ヘリコプターが飛び上がると、その開いたドアから垂れた縄梯子に見覚えのある人物がへばりついていた。
「フハハハハ! 諸君、またいつでも挑戦してきたまえ!」
着流しを着た謎のハンチングの男は、そのまま豆粒のように小さく上空に消えた。
いったい色許男は何をしに来たんだ。
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