第13話

 いつの間にか日も傾き始め空が赤く色づき、巨大ロボットの影も長く伸びていた。


 高さは10mくらいだろうか、周りに建造物などがないので比べる対象がなく、どのくらいの大きさだかピンと来ない。

 二足歩行ではあるけど、足は片方でも胴体くらいの太さで、人間というよりも縦長の四角錐のようなシルエット。

 スケール的には近くにいる大人の身長がヒザくらいだ。


 フリルのたくさんついたカラフルなスカート姿に着替えた宵子が、入念にチェックをしている科学班に挨拶をしている。

 遠慮無く意見を交わし合っている姿は顔馴染みのように思える。

 彼女の笑顔に他のスタッフも笑顔を浮かべて頷いていた。


 宵子も分家とは言え邦魔の家元という身分だ。

 あの科学者たちもそれなりの地位にいる立派な人達の可能性が高い。


 こういう番組に出ている辺り、科学という邦魔と比べたらずっと親しまれていそうなジャンルでさえ未来に対する不安や似たような問題を抱えてるのかも知れない。


 アシスタントディレクターの掛け声と共に番組収録が始まり、事前に集められた数十人のエキストラ兼観客が歓声を上げる。


 広い屋外なので声は響かないが、盛り上がっている熱気は天外のいるカメラの裏側にまで伝わってきた。


 宵子にライトが照射される。

 彼女が大きく手を振り上げると綿雪のような白い粒子が身体を包みこみ隠してしまう。

 それが風に撒き散らされると、そこには和服姿の宵子がポーズを決めて立っていた。

 和服といっても大胆にスリットが入った前衛的なデザイン。

 それがボリュームのある髪と相まってアニメのキャラのようだった。


 観客たちはその変身のシーンだけで熱狂的に声を上げた。


 宵子の振りかざすステッキの先からファイアーボールが飛び出す。

 ファンタジーでお馴染みの魔法ではあるが、実際にはおもりのついた可燃性の布に火をつけたものを飛ばしているだけだ。

 何の触媒もない場所で火を燃やすことは、実はものすごい難しい魔法で成功率が低い。

 見た目だけの演出用ならば、こっちの方が遥かに簡単で安定している。

 それでも知らない人から見たら迫力のある炎の攻撃に見えるだろう。


 ファイアーボールはロボットの装甲に弾かれ、火の粉をまき散らして跳ね返るだけだったが、煙や時たま起こる派手な爆発により効果的に見える。

 もちろん、あらかじめ演出で用意されている爆発だ。


 ロボットも反撃をするように宵子への距離を等速で縮めながらビームのような光を発射する。

 ビームが当たった地面に小さな爆発が起こり、宵子はその場を器用に避けるように動きまわる。


 先ほど何度も綿密に打ち合わせしていた通りだった。

 舞台裏を知ってしまえばなんてことはないが、それでも熱風や音の衝撃が伝わってくる距離にいるとなかなかの迫力を感じる。


 ロボットが宵子を追い詰めるように近づく。


 宵子は大きく誇張した動きで手を前にかざす。


 今までとは違う色が変わっていくファイアーボールを撃つと、それがロボットの急所に当たり小さな爆発が連続した。


 やがて煙と共にロボットの肩から背中にかけて大きな爆発が起こり、自動車ほどもありそうな腕が重量感のある音を立てて地面に落ちた。


 ロボットの動きが止まり、緊迫した間が訪れる。

 迫力のある大アクションシーンのあと、水を打ったように周囲は静まり返った。


 やがて観客がざわつき、それはさざなみのように大きく歓声に変わった。


 ロボットの操作をしている科学班も緊張感を漂わせ、スタッフも走りまわり声を上げたりしはじめる。


 鉄の擦れる音が響き、ロボットがガクンと姿勢を崩した。


 科学班の慌てる演技にも熱が入る。


 ロボットの切り離された腕の部分から漏電したように火花が散り、強化プラスチックの外装に焦げ跡をつける。

 そして胸のあたりから内部機構っぽいホースが飛び出した。

 何本ものホースが風を切る唸り声を上げて蛇のようにのたくる。

 地面に当たったホースは、ムチでの強力な一撃のように砂で固められた地面に傷跡を残した。


 やりすぎなんじゃないかと不安になるほど迫力のある演出。


 あれが身体にあたったら大事になりそうで心配になる。

 先ほどのビームと違い、動きの軌道も確認して避けられるような単純なものには見えなかった。


 宵子がそのホースを避けるたびに観客から悲鳴が上がる。

 ついにホースが彼女の身体を捉えたときには天外も思わず声を上げてしまったほどだ。


 巻き付くと共に離れたホースは、宵子から衣装の一部をはぎ取っていく。


 恥ずかしそうと言うよりは苦しそうに顔を歪める宵子。

 着物を剥ぎ取られたあとの肌には、赤い筋が残り痛々しさを見せつけている。


 たとえ演技だとわかっていても手に汗を握ってしまう。


 何人かのスタッフが大声を上げ騒ぎ始め、ロボットの周りを遠巻きに取り囲むように集まってきた。


 あんな場所にいたらカメラに映ってしまうのに、と思っていたら不穏な声が耳に入る。


「暴走」

「中止」

「止めろ」

「逃げろ」


 怒号とも言っていい声は周囲に混乱をまき散らした。


 これは演技じゃないのか?


 ひょっとして本当にロボットが暴走し、宵子が危険にさらされている?


 そう思わせる部分も含めてよくできた演出なんだよな、と天外は自分を落ち着かせようする。

 しかしその瞬間、ムチのように唸るホースが宵子の身体に巻きついた。


 そのまま宵子の身体は跳ね上がる。

 そして凄まじいスピードを持ったまま、彼女の身体はロボットの胴体に叩きつけられ、耳障りな衝撃音をたてた。


 とんでもないことになった。


 眼の前で繰り広げられているのは、悲惨な事故であり、本物の恐怖がそこにあった。

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