第14話
「どういうことなんですか? これは予定とは違うんですか?」
「宵子さんが予定と変えようと言い出したんだ。もっと派手に、出力を上げてって」
「なんで止めなかったんですか」
「止めなかったわけないだろ! でも制作陣がそうするように決めたんだ。危ないから下がってろ」
隣には
天外のするべきことははじめから一つだけと決まっている。
何が起ころうと、雅ら理様を守る。
雅ら理様だけを優先する。
それはどんな状況においてもただひとつの鉄則だった。
だけど……天外は宵子の方を振り返る。
巨大ロボットの胸に叩きつけられた宵子は、激しいロボットの動きと対称的にグッタリしている。
そのあまりに痛々しい姿を見ているだけで、なにもしないでいいのか?
もちろん、宵子は天外の仕える当主じゃない。
だけどもう、知らない仲でもない。
いつの間にか馴れ馴れしく『テンちゃん』なんて呼ばれる仲だ。
確かに雅ら理様が無事ならば、邦魔は揺るがないかもしれない。
でもそれでいいのか。
少なくとも、目の前で傷ついていく仲間を眺めながら、天外の仕事じゃないからなんて割りきっていいのか。
雅ら理様は唇を固く結んで惨状を見つめる。
きっと、ここから逃げましょうなどと言っても無駄だろう。
カメラの後ろの今いる場所は観客席よりもさらに離れていて、たとえロボットが爆発しようとも大丈夫なはずだ。
宵子はロボットの胸の部分にホースで絡め取られて磔になっていた。
四肢の自由を奪われ、衣装の布を剥ぎ取られ、肌を露わにし、身体の豊かな凹凸を締め付けられるホースにより強調されている。
そしてその周囲には、触手のようにうごめくホースがいまにも宵子に襲いかかろうと蛇のようにのたうつ。
周囲のスタッフは、騒ぎながらロボットを取り囲んでいるが誰も手出しができないでいた。
何かのきっかけで踏みつけられでもしたら大怪我では済まない。
巨大であるというただ一つの事実だけで、簡単に人の命の奪えるほどのロボットなのだ。
そして、その暴力は今まさに眞狩家当主である宵子の身に迫っていて、祈ることしかできない人々に絶望を見せつけていた。
その時だった。
上空のヘリコプターにサーチライトが当たり、人影がそこから飛び降りた。
一直線に巨大ロボットに向かう小さな人影は、空中でパラシュートを開いた。
そんなもったいぶった登場をする人間は、ここには一人しかいない。
着流しが落下の風圧でめくれ上がる。
太ももまであらわになりみっともないことこの上ないけど、この場にいた誰もがこのみっともないヒーローに希望を託した。
しかし、色許男は風に煽られてどんどん巨大ロボットから離れて行く。
やがて色許男は天外たちのすぐ側まで飛ばされ地面に降りた。
色許男の上からパラシュートが遅れて覆いかぶさる。
パラシュートをモゾモゾモとかき分けひょっこり顔を出す。
「はぁ~。怖かった!」
何しに来たんだこの人は。
そんな人々の希望を踏みにじった色許男の間抜けさに緊張感を解く余裕もなく、惨状は続く。
「イヤァー!」
観客から悲鳴が上がるごとに、心が蝕まれる。
もどかしさから身体に力が入り、足元で砂がジリッと音を立てる。
雅ら理様の護衛をするというのを言い訳にしてるんじゃないか、という思いが湧き上がる。
しかし天外が駆け寄って力の限りの魔法を使っても、何も好転しない。
雅ら理様の顔は、炎に照らされオレンジ色に揺れている。
それでも大きな瞳を見開き、一瞬足りとも惨状から目をそらしていなかった。
その視線に誘われるように巨大ロボットに目を移す。
天外は自分の無力さに絶望しながら、ただただ眺めているだけだった。
視界の中、ロボットの前に一つの影が立ちはだかった。
黒いスーツ姿の男が祈るような形を取ると、風が立ち込め周りに砂煙が上がる。
天外は突然の突風に目を細める。
ぼやけた視界の中には和装の男が立っていた。
黒に近い濃い紫色の平安装束をまとった男、
貴澄は周囲が制する間もなくロボットに近づき足に触れる。
しばらくしてロボットの足、肩、肘などの関節から煙が上がった。
それが煙ではないと気づいたのは、地面を這うように伝わってきた冷気からだ。
ロボットの関節は、氷によって凍結し、鈍く震えると動きを止めた。
宵子の周囲でのたうちまわっていたホースも、根元から固められていく。
温度を御するというのは魔法でも最上級の高度な技だ。
そのための触媒も必要で、はっきり言ってしまえばかなりお金のかかり大規模な準備が必要となる。
もちろんこの場合、お金のことなんて言ってられないけど、これだけ巨大で膨大なエネルギーを持つロボットの動きを止めるとなると、魔法の力だってアイスティを作るのとはわけが違う。
この混乱した状況下で失敗することが許されない中、これだけの質と量を行うというのはもはや化物に近い。
貴澄は動きを止めたロボットに飛びつき、軽やかに登ると宵子の拘束を解く。
細かい氷の結晶が雪のようにはじける中、囚われの姫を救い出す紫衣の騎士は、ドラマチックで出来すぎた作り事のようだった。
貴澄の腕に抱えられた宵子は、命を持たない人形のように重力に身をまかせる。
そのまま貴澄は、その場にいた全員の視線をからめとりながら止めてあった車の中に姿を消した。
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