第15話
誰もが眼の前に起こった出来事に意識を奪われていた。
そんな人々の意識を破るように大きな破壊音が鳴る。
続いて重い金属を無理矢理ひっかくような摩擦音が響いた。
ロボットの凍りづけにされていた部分が溶け始めていた。
日が沈みかけたオレンジの空を背景に、巨大な影が再び動き始めた。
誰の制御も受けず、自暴自棄にも見える歪な運動。
人間ならば成し得ないような腕や腰の動きに自らのバランスを奪われ暴れまわる。
先ほどまで
誰も近づけない広い空間に取り残された巨大なロボットは、周囲から上がる悲鳴を音楽に、ダンスを踊るように暴れた。
痙攣しながら身を沈めたロボットは、思いもよらない行動に出た。
いったい何トンあるのか、巨大な重量を持ったその物体は、自らの足を伸ばし飛んだ。
その行動をジャンプと呼んでいいのか、発射と呼ぶべきか。
空中に身体をほうり投げるように跳ね上がると、数十メートルの距離を移動し、そして盛大な音を立て倒れこむように着地した。
自分自身にかかる重さを支えられる強度がなかったのだろう、FRPの外装が割れ、鉄が裂ける破壊音が響き、パーツがはじけ飛びロボットは、地面に屈服した。
片腕をなくした三本足の怪物は、地面に伏したまま痙攣しながら僅かな動きを繰り返すだけとなった。
そのあっけない幕切れに、誰もが息を吐き久しぶりにやってきた安堵を味わった。
堰を切ったかのように人々は声を上げ始める。
終わった惨劇に対し怒りを露わにするもの、我慢していた涙を流すもの、たがが外れたように笑い出すものもいた。
祭りが終わったあとみたいな、賑やかだけど気の抜けた空気が漂う。
「
「俺はもうダメだ。腰が抜けて、誰か大人の人呼んできて」
「
天外は地面に這いつくばりゾンビのように手を伸ばす色許男を無視して雅ら理様を伺う。
雅ら理様は惨状のあった場所からいまだに目をそらさずに固定されたかのような表情で立ち尽くしていた。
テレビのスタッフは再び慌ただしくなり、事態の収束を図るために動き出す。
そんな状況だったからこそ、誰もが油断をし、誰もが驚き、そして誰も止めることが出来なかった。
ロボットは、二度目の跳躍をした。
その建造物のような巨大な怪物は、全身の動力を使って宙に浮き上がると、ある一点に着地するため重力に身を委ねた。
観客たちが逃げ、集まっていた場所。
まさにそこが軌道上の着地点と思われた。
数秒の後には巨大な鉄塊の下敷きになり、生命を刻む時計が止まってしまう人々は、悲鳴を上げるという精一杯の無意味な抵抗しか術がなく、その状況はどこまでも冷酷で、不条理で、理不尽で、周囲にいたものは恐ろしい運命が展開されるのを知りながらそれを見つめるしかできなかった。
彼女が現れるまでは。
ロボットが跳躍している軌道上に光が放たれ、多くの人の目を射ぬいた。
それほどまでにそれは眩しく、天外も眉間の痛みを感じながら薄目を開けると、そこには花が咲くように広がりを見せる十二単の女性が長い髪を扇状に広げ浮かんでいた。
邦魔
ロボットはその光にぶつかると、膨大な運動エネルギーを吸収されたように地面へと降りた。
落下したのではなく、まるで羽毛のようにふんわりと着地をしたのだ。
その姿を確認した観客は逃げるということをなんとか思い出し、その場から距離を取り始める。
人の流れに逆らうように天外は雅ら理様の元に馳せる。
地面に降り立った巨大ロボットは、それでも動きを止めることはなく、駄々をこねるように無軌道な動きをする。
大きく遠心力を使い振り回された巨大な腕が雅ら理様に向かう。
叩きつけられる鉄の塊。
さっき目に焼き付いた凄惨な場面が繰り返される。
誰もが緊張した時、雅ら理様の身体を覆ったのは、軽く舞い散る小さな粒子だった。
乗用車ほどもあるロボットの腕は、その姿を小さな花の集合体に変化させ、それが雅ら理様の身体を取り巻く。
辺りに甘い香りを撒き散らし、風にのって花が宙を舞う。
ロボットが身体ごと倒れこむように雅ら理様に襲いかかると、その胸部から上の部分も花に変わり風に身を任せて飛び去っていく。
幻想的だった。
この世の光景とはとても思えなかった。
破壊という、命を奪う醜い塊が、生命を感じさせる花に生まれ変わり舞っているのだ。
その光景を見た誰もが息を飲んだだろう。
その姿を生涯忘れえぬ記憶の層へと刻み込むように。
ロボットの足の付根で爆発が起こり、火の粉が飛び煙が吹き出る。
とうとう出火し始めたロボットであった鉄塊は、小さな爆発を連続で起こし、外装を溶かしていた。
小さな爆発とはいえ、その熱風と衝撃は駆け寄る天外の顔を容赦無く叩く。
「爆散する!」
近づけずにいる科学班の人たちの横を抜けた時、拳を握りしめてその光景を見つめ叫ぶ声が耳に入る。
喉がひりつきこめかみがズキズキ脈打つ。精一杯手を伸ばし、胸の奥から搾り出すように叫ぶ。
「雅ら理様!」
その声が届いたのか雅ら理様はこっちを一瞥すると、扇を下から上に振り上げた。
ふわり。
そんな表現が適切とはとても思えないのだが、巨大な重量を持つ鉄塊は、ゆっくりと宙に浮かんだ。
そのまま重力が逆転したかのように空に吸い込まれていく。
日の沈みきった中、やがて空の闇と同化し見えなくなった時。
花が咲いた。
夜の闇に咲く、大輪の花だった。
それは真円を描く花火となり、ひときわ大きな、いままでの耳障りな爆発音とは違う明るい音を届けた。
花火に照らされた人々の顔は輝き、ゆっくりと消えて行く花の美しさを惜しむような表情を残した。
あとには、夜間照明に照らされる小さな女の子が一人。
黒い星空に、十二単の鮮やかな色に包まれた白い陶器のような肌が浮かび上がっていた。
思い出したくもない凄惨なはずだった空間を、美しく、夢のような体験に塗り替えてしまった魔法使いがゆっくりと降りてきた。
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