第16話

 本家のご老体衆から天外てんがいへの叱責はやむことなく続いた。


 よくこれだけ人がいたもんだと呆れるくらい、代わる代わる偉そうな役職の老人が現れ、説教のついでに日頃の鬱憤まで浴びせかけられた。

 似たような皺くちゃの顔で区別がつかないご老体衆が去ったあと、最後に国定くにさだ老が現れガラガラとしゃがれた声で告げる。


「懲りたか。若いの」

「はい」

「まぁいい。今更言うても詮無いことだ」

「申し訳ありません」

「お主ごときが腹を切って詫びようと、なんの足しにもならん。とは言え、咎めなしというのも示しがつかん」

「……はい」

「まったく、偉いことをしてくれた」


 国定老は深い溜息を吐いて言った。


「お言葉ですが、あの場に雅ら理からり様がいらっしゃらなければ、もっと大変なことになってました」


 天外が顔を上げて反論すると、国定老は長い白髪の眉毛に隠れた目を鋭く光らせて答える。


「そんなものは関係ない」

「関係ないってことはないと思います。人の命を救ってるのですから」

「だから関係ない。これは邦魔の話なのだ」


 身勝手な自分たちのことしか考えない国定老の言葉は、天外の感情に火を着けた。


 宵子も言っていた通り、以前からこういうご老体衆の事なかれ主義が邦魔の未来を害してると感じてもいた。

 雅ら理様は変わろうとしてる。

 だったら天外たちもそれを支えるべきだ。


「邦魔のことじゃなくて、自分たちの面倒が増えるから嫌なだけじゃないんですか、だったらあなたたちは何をしてきたって言うんですか」

「言葉がすぎるぞっ!」


 国定老は天外に対してはじめて大喝の声を上げた。


 普段、色許男しこお相手にしているのを耳にしてはいたけど、いざ自分に向かってくると、一気に萎縮してしまう。


「……すみません」

「西風が厄を運んでくる。などという言い方はお主くらいではもう知らぬだろう」

「はぁ」

「西洋の風習に毒されて、伝統を蔑ろにする。古臭いと馬鹿にする傾向のことだ。そんなものに参ってはいかんのだ。邦魔は洋魔とは違う。盛り上がらなくていい。わかるものだけが途絶えぬように伝えていけばそれでいいのだ」

「それじゃ、邦魔の未来があんまりじゃないですか」

「そうだ。わしは邦魔に未来などない方が良いと思っておる」


 国定老の言葉は衝撃だった。

 ご老体衆の中でも重鎮、誰よりも邦魔のことを考えている人だと思っていた。

 意見は違っても、同じ理想を持っている人だと思っていたからだ。


「なんで、そんなことを言われるのですか」

「若いの、家元のために死ねるか」


 いつか昔、雅ら理様にも尋ねられた問いだ。


 邦魔の重鎮にそう尋ねられてNOと答えられる胆力を持つ人などいないだろう。

 それに天外はあの頃と気持は変わっていないつもりではある。


 天外は国定老の目を見てきっぱりと答えた。


「覚悟はあります」


 国定老は長いため息を吐いた後に顎のひげをしごいた。


「そう答えたのは二人目じゃ。そうか、もう20年か。あやつが死んでから」

「どなたか事故にあわれたのですか?」


 国定老はコクリと頷く。


「お主はよく学んでいるようだが、かつて魔法が最も研究された時代がいつだか知っておるか?」

「洋魔なら中世の錬金術の時代です。邦魔では、規模はわかりませんが文献に多く残っているのは平安時代です」


 天外がそう答えると、国定老はゆっくりと首を振る。


「歴史が常に記されるとは限らん。世界的に魔法が最も広まり、操るものが多かった時代はまだほんの数十年前、世界が戦争をしていた時代じゃ」

「それは、知りませんでした」

「世界中が魔法を兵器利用しようと研究した。産業革命以降、洋魔は見世物となっていた。邦魔も神格化されておったのにな」

「魔法を兵器になんて、おとぎ話ではないですか」


 天外は率直な感想を述べた。


 そんな風に魔法がなんでもありな便利なものだったら、今頃世界は大魔法大戦が起こってる。


「戦争は軍事兵器の発達の歴史であり、科学の発展に寄与した。ならば魔法にもそれが当てはまる」

「当てはまらないと思います。力に個人差が多い上、不確定です。そもそもファンタジーではないのですから魔法で人は殺せない」

「魔法は生きてるものに変化を与えることはできん。魔法を使う者にとっては基本中の基本じゃな。でも本当に魔法は戦争に使えないと思うか?」

「例えば飛んでる飛行機のエンジンを止めるとか、船の底に穴を開ける、というのは考えられます。ですが、魔法を使うくらいならミサイルの方が向いています」

「魔法の教育における人的コストは膨大じゃからな。一般人に銃をもたせたほうがよっぽど安く大量に、安定して配備できる。お主の言うとおり、世界では魔法は戦争によって発展しなかった。ただし――」


 国定老はたっぷりと間をとって続けた。


「――一部の国を除いて。当時、愚直な民族性や偏執的な勤勉さで大国と渡り合っていた小さな島国があった」

「それって……」

「戦争において、兵器において、科学的な発展において、最も重要なものは資源じゃ。しかし、その国は補給を封鎖され、僅かな資源を頼りに戦い続けなくてはならなくなった。その結果、他国からしたら狂気としか思えないほど技術を研ぎ澄まし、個体の精度を上げて補う道を選んだ。その国では魔法が歪に発展したのじゃ」

「それが邦魔だっていうんですか」

「もう、覚えておるものも少ない。あえて伝えていくことでもない。知らなければ知らぬほうが良いのだ。いつか魔法が人を喜ばせるためだけに使われる世を夢見て死んでいった者たちのためにも」


 そんなことを言われて、天外はどうすればいいのだろう。


 邦魔のため、と思って今まで生きてきたのに。

 未来のことを考えて行動してきたのに。

 その邦魔自身が、死を望む存在だったなんて。


「雅ら理様は、このことを知っているのですか?」

「あぁ、誰よりも心得ておる」


 国定老は苦いものを飲み込むように、そう言った。


「若いの、名はなんと言ったか?」

兎羽うさば天外です」

「しばらく形だけ謹慎してもらう。しかしお主は世話役だ。戻ったらあの方の側を離れるでないぞ」


 国定老の言葉に、天外は深く頭を下げた。

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