第17話

 久しぶりに天外てんがいが実家に戻ると、母さんは歓喜の声を出して抱きついてきた。


 正直そういう過剰な愛情表現は鬱陶しかったが、余計なことを言うとせっかく良い機嫌を損ねそうだったので黙っていた。


「おいしいご飯を作るからね!」


 モジャモジャの天然パーマを手櫛で弄びながら母さんは朗らかにそう言う。


「喜ばれても困るよ。謹慎なんだから」

「いいのよぅ。なんにも気にしなくて。かえってよかったわよ」

「いいの?」

「だってあんな危ないの。もう行かなくていいんだからホッとするわね」

「雅ら理様とは……」

「あたしも当主があんなにおっかない人だと思わなかったわ。よかったわよぉ、本当。これ以上、あの子に関わってたらどうなるかわからないわ」

「そうじゃないんだよ。雅ら理様は……」

「いいのいいの」


 その後も母さんは意図的に話題を避けるように明るくはしゃいでいた。


 久しぶりの家での団欒。

 好物ばかりで構成された晩御飯で食べ過ぎ、ソファにもたれかかっていたら父さんが話しかけてきた。


「いいか?」

「あぁ、うん」

「大変だったな」

「いや、まぁね。色々怒られた」


 父は胸のポケットを探り、タバコを取り出すと火をつけ一息煙を吐く。

 キッチンで洗い物をしている母さんを視線で示して言った。


「ああ見えて、事故のことを知ってから、お前が無事だと聞くまでだいぶ取り乱してた。お前は家のために大切なんじゃなく、息子だから大切なんだ。役割だの、家柄だの、そんなこと気にしなくていい」

「そうじゃないんだよ。みんな雅ら理様を誤解してる部分があって」

「お前はそう言うけどな、もともと俺達とは身分違いもいいところだ。変な期待なんかしても無駄だぞ」

「だからそうじゃないんだって。別に期待なんてしてないよ」


 父さんは、フーっと長く煙を吐くと、半分以上残っているタバコをガラスの灰皿に押し付けた。


「先代の当主の世話役をやってた人はな、死んだんだぞ」

「え? だって結婚……」

「婿殿の前の世話役だ。先代はそりゃもうひどく悲しんで、世話役なんて役目をなくそうとまで言われた。でも次に来た世話役は図太くってな、先代の弱ったハートを射止めたってわけだ」

「死んだって。事故で? 世話役だった人が?」

「詳しいことはわからない。ただまぁ人の口に戸は立てられないからな。少なくとも先代を守って亡くなったらしい。本当に先代の状態はひどくてな。もう見てられないほどだった。たまらないよな、自分のせいで家族みたいな存在が死ぬなんて……」

「そんなことがあったんだ。それは邦魔の人はみんな知ってるんだよね?」

「あぁ。いや、別に婿殿も悪い人じゃないんだ。ちゃんとした方だよ。真面目だったし、魔法も上手かった」


 天外には家族は親しかいない。

 突然死ぬなんて考えたこともなかったが、なんだかその嫌な感覚は想像するだけで飲み込むつばが冷たく苦くなる。


「思ってた話とだいぶ違った」

「みんな何とかしてやりたいって思ってたんだよ。むしろ結婚したことで落ち着いたんだからよかったくらいだ。ひそかに落ち込んでた奴も多かったけどな、俺の世代じゃみんな憧れてたから」

「父さんも?」

「俺? 俺はほら。その時はすでに他の魔女に魅了されてたから」


 わざと冗談っぽく言いながら父さんはキッチンの様子を伺う。


 それまで家柄のせいで母に頭があがらない夫なのかと思ってたけど、ちょっと頼もしく見える。


 その直後に父さんは、「ま~た灰がこぼれてるぅ!」と母さんからお盆で叩かれて頭を下げながら雑巾で床を拭いていた。

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