第28話

 どこまで本気だか不安だったけど、一連のやりとりはやっぱり色許男しこおの悪巫山戯だったらしい。


 まさかこんな小芝居に引っかかる人はいないだろう、と思ったが数人が不信の声を上げた。

 考えてみればここに集まってるという時点で、貴澄きすみの口車に乗っている人たちなのだ。

 そして不信の声を上げた人に対して、大多数の残りの人間はバカにするようなと罵りを始める。


 貴澄の主張や、邦魔の行く末を超えて、その場にいた人々が勝手に険悪な空気を作りだした。


「待ち給え。私にそのような意志はない。純粋に邦魔のことを考えてのことだ」


 貴澄の声に、まだまだ大多数をしめる貴澄を信仰する人々が声を上げる。


「そうだ!」

「邦魔の汚いやり方を許すな!」

「あいつらは事実を歪曲化して自己保身に走っているだけだ」

「判断力のないバカだけが騙されるんだ」


 さっきよりも、断然強い語調でヒステリックに人々が叫ぶ。


 色許男の小芝居は逆効果だったのかもしれない。

 貴澄信者はより団結してヒートアップしてる。


 完全に悪者になった天外たちは観衆に囲まれるように孤立する。


 その時、雅ら理様に液体の入った紙コップが投げつけられた。

 紙コップは魔法により弾き飛ばされ、そのまま宙を漂い色許男の頭に降り注いだ。


 あまりにも無礼なことに、天外は怒りで身体中の血が熱くなる。


「邦魔なんてぶっ潰しちまえ!」


 品のない野次に、目の周りが熱を持つ。

 怒りと悲しさで涙が溢れそうだった。


「やめたまえ。やめないか! こんなものは私の本意ではない」


 貴澄が叫んだが、もう遅かった。


 追従して物を投げつける者、その人間に掴みかかるもの、汚い罵りの言葉、その空間には、ただただ不満と悪意が渦巻き始めた。


 貴澄の取り乱す姿を撮ろうとカメラが回りこむ。


「ええい、撮るのをやめろ」


 カメラマンの肩の上のカメラがひしゃげ、部品が飛び散る。


「なにすんだ!」

「こんなふざけたものを撮るな。キミたちも大人なら、正しく意義のあることとそうでないものの判断くらいつくだろう!」


 貴澄は手を振り払い、大声で叱りつける。


 わかってない。

 メディアは面白く人の興味を引くかこそが大事なんだ。

 それはあのロケの現場で行われていたことじゃないか。

 善悪の判断よりも、広めることに意義を感じる。それもまたプロの姿だ。


 目の前でカメラの破壊という暴力を振るった貴澄に対して、周りにいた人間はよりヒートアップし悪意を増幅させる。


 貴澄の意図とは別のところで、それは暴徒化しはじめた。


 天外は周りをコントロールできなくなったことに苛立つ貴澄に問いかける。


「こんなことがしたかったんですか?」

「君達がつまらんことをするから、伝わるもんも伝わらなくなるだろうが」

「一方的に自分の正しさだけを伝えろなんて、そんなのフェアじゃないでしょ」

「雅ら理様、いや、崇御すうみ雅ら理。嵌めたつもりかもしれないが、私の正しさは揺るがない」


 危険が及ばぬように天外たちの後ろに匿われていた雅ら理様が歩を進め、貴澄に対峙する。


「あなたの志は立派だと思います。賛同したい気持ちもあります。しかし私は、すべての邦魔を統べる者としてそれはできません。私達が受け継いできた先達たちの魂、思い、それを踏みにじることはできません」

「邦魔の未来が死にかけているのがわからないのか。このままではいずれ邦魔の歴史は終わる。よもや先達たちは未来の子孫に死ねと願ったわけじゃないだろ。そんな思いは、魂は、未来を奪う怨念でしかない」

「それで邦魔の歴史が閉じてしまうなら、それも仕方のないことだと思います」

「これからの未来の人間のことより、死んでいった過去の人間を大切にして滅びを選ぶというのか?」


 貴澄は大きな声で周りに聞こえるように言ったが、もはや周りの人間は彼の言葉など聞いていなかった。


「思いが創り上げてきた邦魔だからこそ、思いが滅びるなら受け入れるしかありません。しかし、私は信じています。邦魔は滅びないと。だからこそ、私は伝えていくのです。いままでの邦魔の魂と、私達の魂を乗せて」

「大変ロマンチックだが、理想論だよ、お姫様。資金はどうする、人材はどうする、抱える問題は山ほどあるんだ。思いだけで成り立つほど大人の社会は簡単じゃない。夢を見るのは自由だが、それを裏付ける説得力がなければ、それは戯言だ。ペテンだよ」


 貴澄は雅ら理様に向かって指を突きつけて言った。


 その無礼さに天外が爆発しそうになる。

 しかし天外が爆発する前にその指を色許男がパクっと咥えた。


「ほひほひひょんひゃふっひょうひゃほほふへふは」

「汚らわしいっ!」


 貴澄が髪を乱れさせ指を引っこ抜くと、色許男の口がポンッと音をたてた。


「プハッ。お前は難しいこと考え過ぎなんだ。いいか、邦魔はな……仲良しクラブなんだよ」

「その活動内容不明の謎の団体は実在したのか」


 天外は声を上げる。


 毎回流れを断ち切る色許男であるが、こういう混乱した場ではなぜか頼もしく感じる。


「そうだ。みんなでワイワイキャーキャーやって笑っていい思い出作って終わりだ。思い出してみろ貴澄、あの頃を。楽しいだけじゃなかったけど輝いていただろ。あの若さあふれるハツラツとした時代を嫌な過去と思うなんてもったいない。キャバクラではモテモテだったじゃないか。おっぱいもおしりも満ち溢れてたじゃないか。お前は忘れたのか、あのおっぱいの感触を!」

「私はおっぱいに執着してはいない!」

「そうかな? 俺にはお前がママに甘えてるようにみえるぞ。いつまでも駄々をこねて困らせるんじゃないよ。聞き分けのない子は嫌われちゃうぞ」


 貴澄は色許男の唾液のたっぷりついた指を睨み俯いた。

 肩がふるふると震えている。

 泣いているようにも、笑っているようにも見える。

 なんらかの感情が増幅し、それを押し留めるように貴澄は唸るように言った。


「誰がママだって?」


 どす黒い負の感情を載せたその言葉に、雅ら理様は答えた。


「邦魔を志すものはすべて私の子供だと思ってます」


 パチンと風船が弾けるように、貴澄の身体が大きくのけぞった。


 足元から冷たい空気が広がる。


 その表情はかつての冷静さの面影もなく、皺が走り醜く歪んでいた。

 瞳には憎悪の炎がきらめき、眼鏡越しでもその異常さが伺えた。

 おでこの花丸シールも禍々しく見えてくる。


「お前なんかが母親なものか! 俺の母親は邦魔に殺されたんだ」


 その言葉に雅ら理様は表情が凍りつき、緊張した針のような感覚が伝わってきた。


 貴澄は自分自身の言葉に怒りを煽られるように大きく全身を屈伸させた。


 目を覆う閃光とともに平安装束に変わり、そして、そのままゆっくりと宙に浮かんだ。


 宙に浮かんだのだ。


 貴澄が使ったその理解不能な魔法に、天外はどこかで胸が踊っていた。

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