第27話

 タクシーで四人は、生放送をしていた放送局に向かった。


 四人というのは、雅ら理からり様、色許男しこお天外てんがい、そして喜夜子きやこだ。


 本家を出る前に喜夜子に見つかり、強引にタクシーに乗り込んできたのだ。


 色許男は助手席で脳天気に浮かれている中、後部座席では天外を挟んで雅ら理様と喜夜子。

 なんだか気まずい空気が充満していた。


 そういえば喜夜子は雅ら理様に嫌いなんて宣言したと聞いた。

 絶賛喧嘩中というわけだ。


 タクシーは緊張に包まれ誰も話をしないまま放送局の駐車場に着いた。


 目の前には見たことのある特徴的な形のビルがそびえている。

 駐車場には、何人かの男たちが動き回っていた。

 小さな脚立を持ち、釣り人が着るようなベストを着ている。

 そして首からは大きなレンズのついたカメラを備えていた。


 他にも意外に人が多く、特に女性が多いようでほとんどがスマホを構えている。


 ふと黄色い歓声が上がり、ビルの出入り口に女性たちが磁石に吸い付く砂鉄のように集まった。


 黒いスーツの男が人をかき分け、その中から出てきたのは貴澄きすみだった。


 取り囲むファンたちに戸惑っていると、一人の女性がツカツカと近づき大声で叫んだ。


「貴澄ー! このブヮカタレェ~!」


 ピンクでふわっふわなファーの付いた暖かそうな上着に反し、下半身はミニスカートという寒そうな装いの女の子は、紛れも無く宵子よいこだった。


 宵子は乱暴に周りの人を掻き分け貴澄につっかかる。


「あんた、なんてことしてんのよ」

「どいてください。今はあなたとやりあっている時ではないんです」

「あ~ら、随分と偉くなっちゃったのね。いままでお世話になってきた人たちにツバ吐きかけちゃって」

「既存の体制を壊すのを革命と言います。そして新しい体制の最初にすることは、いかに既存の体制が悪であったかを人民に伝えること。そうでなければただの簒奪者になってしまいます。新しいものを肯定するというのは旧来のやり方を否定するのと同意なんです」

「はんっ、難しく言っても無駄よ。あんたのせいで邦魔は滅茶苦茶なってるの」

「それが目的です」

「まっ。なんて子でしょ。すましちゃって可愛くなくなっちゃったわね」

「申し訳ないですが、これ以上話しても無駄です」


 その言葉がきっかけになるように、宵子は包帯を巻かれた手を振りかぶる。


「バカッ! 大っ嫌い!」


 その痛々しいパンチを貴澄が避けずに受けたのは、やはり宵子が猛烈な鼻息と共に涙を流していたからだろうか。


 貴澄は歪んだメガネを一瞬にして元通りにすると、周囲の黒いスーツの男たちに視線を促す。


 男たちが宵子を引き離そうと囲み、そのために周りの女性たちが「キャッ」などと声を上げた。


 我慢できずに天外が向かおうとすると色許男が前に手を出して制した。


「そこまでだっ! この先は俺が相手になるぜぇいっ!」


 色許男が面白かっちょいいポーズを決めると、周囲の視線が一気に彼に集まる。


 旅館の安っぽい浴衣を彷彿とさせるペラペラの着流しに、無精髭とハンチング。

 ヒーローというには、清潔感も風格も欠如している。


 すべての人が肩透かしを食らったような微妙な表情を浮かべた。


 そんな中で、貴澄はこちらにまっすぐ近づいてきた。


 雅ら理様にも、もちろん天外にも目をくれず、最初に話しかけたのは色許男にだった。


「色許男さん、来ていただけるとは思いませんでした」


 貴澄が色許男の手を取って頭を下げる。


「うむ、苦しゅうない」


 色許男は胸を反り返して小さな脚立の上に飛び移るとバッと扇子を広げて満面の笑みを作った。


 その瞬間、駆け寄ったカメラマンたちのフラッシュが一斉に瞬く。


「なんだよそれ、色許男はどっちの味方なんだよ」

「フハハハハ。天外くん、ちょこちょこと駆けずり回ってご苦労だったな。キミは非常にいい駒だったよ」


 元から背の高い色許男が脚立の上に立ち、大げさに見栄を切るものだからマスコミたちは一気に食いついた。


「貴澄よ、よくやった。初動作戦は成功だ。褒美に花丸シールを授けよう」


 色許男が貴澄のおでこに花丸シールをペタっと貼ると、貴澄はその手をはねのけた。


「ふざけないでもらえますか」

「ふむ、カルシウム不足か。小魚や牛乳をこまめに摂取するがよい」


 大の男二人がはしゃぎあってるのを見て憎しみと悔しさと怒りが胸の奥で芽生える。

 色許男のもとに駆け寄り天外は怒鳴りつけた。


「あんたはふざけてていい加減でバカみたいだけど、でもそんなバカじゃないと思ってたのに」

「天外くんは勘がいいからね。キミを油断させるためにバカのふりをするのも大変だったよ。実はこの俺はものすごく賢いのだ。七の段も言える。七七四十九、七八六十五」


「信じられない。全然言えてないなんて……」


 豹変した色許男におののいたのか、喜夜子が袂をぎゅっと掴んできた。


「きゃーちゃん、こいつはもうかつての色許男じゃない。いったい色許男の目的は何なんだよ!」

「ふっ……。聞きたいかね、天外くん? ならば冥土の土産に聞かせてやろう。俺は世界を統べるのだ! スベスベのツルツルになるのだ」

「バ、バカもここに極まりだな」

「邦魔転覆など、手段にすぎん。これにより手に入れた財力、権力により、まずはこの貴澄を政治の世界に送り込む。次の選挙では清き一票をお願いします、有権者の皆様」


 おでこに花丸シールを貼り付けたまま成り行きを見守っていた貴澄が声を上げる。


「色許男さん、悪質な冗談ははっきり言って不快です」

「そこで可決された邦魔護国法を皮切りに、世界の軍事力を牛耳る。そして豚汁で祝杯じゃ」


 色許男は握った拳を振りながら力強く話す。


 ところどころに冗談だかなんだかわからない言葉を挟み込み、聞いている方が混乱してくる。


「やがて世界は邦魔に跪く。世界は邦魔カースト制により、魔法の力のみが支配するのだ」

「そんなことになるもんか」


 天外はいつもの調子で叫んだ。


 周囲の恐怖を煽るように色許男は宣言する。

 いつの間にか髪は逆立ち、メイクもド派手になってる。

 魔法で早替りしたのだ。

 無駄に用意がいい。


「権力のためなら悪魔に魂も売ろう。色許男のDはディアボロスのDなのだ」

「SHIKOWOの綴りにはどこにもDなんてないだろ」

「そして世界を統べた俺は、合コンの席でこう宣言するのだ。『王様だぁ~れだ?』」

「王様ゲームって、そういうゲームじゃないからな」

「王様の命令は絶対だからな! その一歩として邦魔は潰させてもらう。貴澄、礼儀知らずのコネズミどもに思い知らせてやりなさい」


 色許男が天外たちを指さして貴澄を煽る。


「やめてください。冗談が過ぎます」


 貴澄は周りをしきりに見回して声を上げた。


「諸君、この俺と貴澄の遠大な計画を思い知ったかね!」

「色許男さん、あなたがこんなふざけた人だとは思いませんでした」


 貴澄は汗をかき、額に血管がビシッと走り花丸シールが強調された。


「みなさ~ん、貴澄に清き一票をお願いしま~す!」

「やめなさい」


 周囲がざわつく。

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