第30話

 必死に戦っているらしい雅ら理からり様と貴澄きすみ

 しかし、どういう理屈で、どういうルールで、どういう摂理で戦っているのか皆目見当がつかない。


 天外てんがいは魔法に対する基礎的な知識があるために、余計に理解することができない。

 初めから魔法の素養のない一般人の目の方が、怪獣同士の戦いや、悪魔と天使の戦いのように、抽象的に捉えて納得できそうだ。


「こりゃ、雅ら理ちゃん負けちゃうな」

「どうして?」


 色許男しこおが漏らした言葉に、すがるように問いかける。


「あんな悩ましい顔しちゃって。当たっても当たらなくても大雑把に投げつけられる貴澄と違って、雅ら理ちゃんは的確に漏らさず防いでかなきゃなんないんだ。集中力もいるだろうし、あんなこと続けてたらすぐにバカになる」

「雅ら理様は、普通の魔法使いとは違う」

「いくらすごいからって、貴澄は雅ら理ちゃんを自由に攻撃できるが、雅ら理ちゃんは決して貴澄を傷つけない。貴澄にとっては雅ら理ちゃんをやっつければ目的は達成できるけど、雅ら理ちゃんにとっては貴澄を倒したところで勝ちじゃない、むしろ彼女の中ではそれすらも負けだよ」

「じゃ、なんで色許男は焚き付けたんだよ!」

「せっかくこんなに盛り上がったんだ。燻らせたら火種になるだろ。こういうのはたまに爆発させた方がいいじゃん。邦魔なんて、お祭りでそういう役目だったんだから」


 そう言われて、天外は雅ら理様を見上げ息を呑む。


 彼女はどんな状況でも貴澄を傷つけようなどと思わないだろう、守りたいとすら思っているはずだ。

 雅ら理様にとっては勝つ方法がわからない、文字通り勝ち目のない戦いなのだ。


 どうすればいい?


 天外に力があれば、貴澄を倒して子供同士の喧嘩両成敗で終われる。

 お互いに破門になっても構わない。

 でも悲しいくらいに天外は無力なのだ。


 邦魔のことばかり考えてきた。

 魔法力を上げること、それだけが喜びだった。

 しかしそれはなんのためなんだろう?


 国定老に言われたこと、貴澄の考え、そういうものを知って天外の中の邦魔に対する信念は揺らいでいる。


 たとえ世界最強の邦魔使いになったとして、自分は一体何がやりたいのだろうか。

 邦魔における正しい未来の姿はなんなのか、天外にはそのビジョンなんてなにもない。


 ただあるのは、自分の知っている喜び。

 邦魔を使えることの純粋な楽しさ。

 それをできるだけ多くの人に知ってもらいたい。

 それが世界においても邦魔においても、幸せなことだと信じてるから。


 今の天外には邦魔を変えるだけの力はない。

 だったら。


 無力なりに戦ってやろうじゃないか。


 口を開いて上空を見ている色許男の袖を思い切り引っ張る。


「ボクも飛ぶ。色許男ならできるんだろ? ちょっとは責任取れよ」

「なに言ってんだ、魔法を使う前からバカになったか? 俺ぁ、神様じゃないんだぞ。買いかぶるな」

「ボクはね、神様よりも雅ら理様を信じてるし、それよりはだいぶ下だけど色許男のことも信じてるよ」


 色許男は腰に手を当て深くため息を付いた。


「まぁ~ったく。魔法使うやつはすぐバカになるんだから……」


 色許男はそうこぼしながら、周りに無秩序に散って上空を見上げている観衆に割って入る。


「はぁい、どいてどいて。危ないから。今から魔法使うから危ないですよー」


 観衆たちが「なによ」などと色許男を睨みつけ不平を言うが、色許男は気にすることなく淡々とスペースを確保していく。


「離れていたほうがいいよ。魔法の余波を食らうと肌が荒れちゃうよ。酸化作用があるから、寿命も縮んじゃう。ヘクトパスカルも放出されるぞー」


 そんな話は聞いたことがない。

 そもそもヘクトパスカルは毒じゃなくて単位じゃなかったか。


 しかし、それを聞いた観客は、モーゼの開いた海のようにあっという間に空間を作った。


 色許男はいつでもかぶっているハンチングを傾ける。

 そこから現れたのは鉄の棒だった。

 角のようにニュウ~っと出てきた棒は、かなり長い。

 どこまで出るのかと思ったら、棒は根本で円錐形に広がった。

 そこからは圧巻だった。


 鉄の筒、巨大すぎて筒なんて呼べないようなものから巨大な板状の鉄塊が伸びている。


 全貌が明らかになる前に人々はその姿を認め、半ば悲鳴にも似た感嘆の声を上げた。


 そこに出てきたのは、戦闘機だった。


「……でかい」


 あまりにも、捻りのない感想しか言えなかったけど、実際にこんな巨大なものが『域』から出るなんて考えられない。


 そのとんでもない力を見せた色許男は、わずかに息を乱しただけで、コックピットに登っていく。


「ほら、何やってんの! バカ天も上がってこい」


 そりゃ飛ぶとは言ったけど、こんなものが出てくるなんて普通は思わない。

 混乱したままコックピットに登ったところで、座席は一つしかなかった。


「早く! ここ、ここ」


 色許男が自分の膝をパンパンと叩く。


 そんなんでいいのか? と思いつつも、ここまで来たら言われるままに座るしかない。


「こんなの操縦できるなんて知らなかった」

「できるわきゃないだろ。免許なんてフグさばくやつしかない」

「え……?」

「歯を食いしばって背骨に気合入れろ。5秒前、4、3、2、1……ランチッ!」


 その瞬間、巨人に上から押しつぶされたようなものすごい衝撃が身体に走った。

 顔には激しい風圧がかかり、目を開けることもできない。


 やっとのことで目を開けると、それまで周囲にあった建物や自動車や人たちが消え去り、青空だけが展開していた。


 振り返るとテレビ局のビルが傾いてそこに建っている。


 ビルが傾いていたわけじゃない。天外が傾いていたのだ。


 色許男の座った椅子ごと空中に浮かんでいた。


 いや、浮かんでいたと思ったのは思い違いだということにすぐ気がついた。

 落ちていた。


 すぐに腰と背骨にガクンと衝撃が走り、お腹に回した色許男の手とベルトが圧迫する。

 日差しを遮る影ができ、見上げるとパラシュートが開いていた。


 しかしそれでも落下のスピードは速い。


「ほら、見えるだろ、貴澄が飛んでるの」

「見える」

「OK。じゃ、いってらっしゃい」


 その言葉の意味を把握しないまま、色許男は天外の身体を押し出した。


 つまり落ちていった。


 あまりの状況に悲鳴すらあげることができない。

 本当に急に恐ろしい事態が起きた時、人は悲鳴を上げる余裕すらないのだ。


 天外の身体に巻き付いていたロープが蜘蛛の巣のように伸び、触手のようにうごめき貴澄の身体を捕らえた。

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