第31話
「な、なんだ君は、どこから来た!?」
「空から降ってきたんだ、天の裁きに決まってるだろ」
「天外さん!」
その瞬間にも雅ら理様の顔近くで雪球が砕け散ったような爆発が起こる。
「あんたに勝てる気はまるでしないんだけど、それでも来ちまったよ」
「天外さん、下がってください」
「ここまでしてなんで阻むんだ。わからんのか、これが邦魔のためだということが!」
「雅ら理様、世話役は当主の側にいつだってついて回るもんなんです」
口では気丈に言ってるけど、見下ろせばビルの五階分くらいの高さはある。
下に落ちたら絶対にただではすまない。
ただ貴澄は天外に攻撃をしようとしても、近すぎて自分自身に薬品が当たってしまうはずだ。
貴澄は天外を無視して薬品の入った袋を雅ら理様に向かって放つ。
しかしそれは雅ら理様に近づく前に貴澄の手元で消えた。
「なにを!?」
「ボクはね、あんたや色許男みたいなでかい域は持ってない。繊細な魔法だって大の苦手だ」
「そんな落ちこぼれがしゃしゃりでてくるな!」
「だた毎日稽古してたおかげで小さな域ならいくらでもあるんだ。一つずつ放り込めばいいんだろ」
「つまらん真似を。今はお前のような小物の相手をしている時じゃない」
「あんたみたいな才能のあるやつは、基本的な『域』の稽古なんて切り上げてどんどん次の段階に進んでいくんだろう。でもボクはできそこないだから、こればっかりなんだよ」
「だったらどこまで続くか見せてもらおうじゃないか。五十か? 六十か? 百か? そのくらいの用意はしてないとでも思ってるのか」
「この間数えたら九千個あったよ」
貴澄が絶句して目を見開く。
「ただの域を九千回もだと? そんな場所が……」
「そう。ただの域だ。しかも小さいんだこれが。それでも毎日やるのは楽しいんだよ」
「すごい……天外さん」
絶句する貴澄の代わりに雅ら理様が感嘆の声をあげた。
初めて魔法のことで人に褒められたかもしれない。
それも邦魔の最高峰、家元の雅ら理様にだ。
貴澄は薬品を投げつける攻撃をやめた。
命がけで貴澄にしがみつきながら、天外は懐から御神刀を取り出した。
「守ることもできない人間が、必死に立ち続けてる人間を批判すんなよ!
「天外さん、それだけはおやめください」
雅ら理様が懇願するような声を上げる。
なんでこんな状況でそんな事をいうのか。
少なくとも今は天外の味方をして欲しい。
しかしそれをしないのが雅ら理様なのだろう。
「ボクだってこんな物は使いたくない。あんたのためにも、雅ら理様のためにも、邦魔の未来のためにも。あんたが引いてくれ」
雅ら理様は射るような視線で貴澄を見据え、ゆっくりと言う。
「確かに邦魔は病んでます。だからと言って、その病巣を切り取ることはできません。なぜなら、その病すらも邦魔の一部だからです。愛するとはそういうことです。慈しむとはそういうことです。邦魔の未来は決して良いものではないかも知れない。でも、それがわかっているなら良いものにしようと思うはずです。私も、貴澄さんも、天外さんも、おじいさまたちも思っています。だからこそできます。今を否定して伝えたものを、子供たちは信じてくれるでしょうか? 間違っている過去をなかったことにして、都合の良いことだけを教えて、それで子供たちは信じてくれるのでしょうか? 私は、すべてを肯定します。この過ちですら、愛おしいと思います」
「この後に及んでどこまで! どこまで母親面すりゃ気がすむんだ」
その貴澄の叫びにより襲ってきたのは冷気。
鋭い刃というよりも、鈍器で殴りつけられたような重い冷気だった。
髪の先が凍り、手もじんじんと痺れ感覚がなくなる。
肺に入り込んだ空気が冷たく呼吸をするたびに体力を奪われるようだった。
貴澄の平安装束にしがみつくも、力が入らずに指が滑っていく。
このままでは地面に落ちる。
その前に言わなくてはならない。
歯の根が震え口が上手く開かないので思い切り力を込める。
「貴澄さん、あんたの理想に自らを投げ出す人間がどれだけいるってんだ?」
「くだらん。お前は当主が死ねと言われたら死ぬのか?」
「見せてやろうか?」
そう言って天外は御神刀を自らの胸に突き刺した。
血が吹き出て貴澄の服が濡れる。
「なっ! キミは……頭がおかしいのか」
貴澄の身体がガクンと高度を落とす。
地上から5mほどまで落下して、なんとか体勢を立て直した。
雅ら理様も同じように低い場所まで降りてきた。
貴澄の手元で薬品が火を噴く。
皮膚が焦げる匂いが漂い、貴澄はボロボロになった服を脱ぎ捨てた。
「さんざん悪ぶってたくせに、人一人死んだくらいでそこまで動揺するのか。そんな手で、さっきみたいな見事な魔法を使えるのか?」
「君の方がよっぽど悦傾してるだろうが! 自らの命を断つほど魔法にやられたバカは初めてだ」
「ビックリしただろ。これは手品だよ。ボクは魔法が下手だから」
「はっ!? 魔法使いが、手品だと?」
「知ってるんだよ。あんたみたいな魔法が上手い人ほど手品がよく効くって」
貴澄は奥歯が割れるほど歯を食いしばり、皺が怒りの表情を作り首に筋が走る。
「現実を見ろ。いろんな企業も賛同してる。もう話は動き始めてるんだ。途方も無いでかい金だって動いてるんだよ」
「やっぱりそんな理由かよ。そんなもん理想ですらない、ただの欲望じゃないか」
「だからどうした! 邦魔は俺のすべてだ!」
「ボクだってそう思ってる!」
「くそぉ、離せ! お前のような木端が、格もなく邦魔ではクズのような家柄で。誰がそんなやつの言葉など聞く!」
「だけどもう忘れないだろ。あんたを苦しめたのは邦魔史上最低のポテンシャルを持つ魔法使い。
「兎羽ぁ~! きぃさぁまぁ~!」
かじかんで力の無くなった指が、貴澄の身体から離れる。
そのまま天外は重力に引っ張られた。
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