最終話

 あれからしばらくたったが天外てんがいが拍子抜けするほど、現状は何も変わらなかった。


 邦魔が潰れることもなければ、再び隆盛を見せることもなく、淡々とした日々が流れた。


 予想外のことといえば、ご老体衆の反応くらいだ。

 以前のように頭ごなしに説教をするということはなく、むしろ渋々ではありながらねぎらいの言葉をかけられたりもした。


色許男しこお! 色許男のバカはおらんかー!」


 相変わらずの廊下を踏みしめる音と土間声が国定老の襲来を告げる。


「えっと……出掛けました。チンギス・ハーンの埋蔵金があるって聞いて」


 国定老は、ゆでダコのように赤くなってプルプル震える。


「知ってたのなら止めんか、天外!」


 貴澄は雅ら理様の助命嘆願の末に破門は免れたものの、今回の事態の収束のために奔走している。


「信用ならん」と悪く言うものもいたけど、報告のために何度か本家にも顔を出し、それを見た限りでは大丈夫だと思った。

 それにしても生真面目すぎるというか、ツルテカに丸めた頭はなかなか見慣れない。


 穂丹楽ほにらく流は暫くの間メディアの活動を自粛するということで、暇になったのか宵子よいこがしょっちゅう本家に顔を出していた。


 そして意外というわけでもないが、喜夜子きやこが宵子に懐いてしまいモロに影響を受け、いまでは宵子二世と言ってもいいほど格好や言動が似てきた。


 実は天外も事件の余波で時々街角で声をかけられる。

 髪型といいわかりやすい姿形なのがいけないのかもしれないけど、つくづくメディアの力を感じてしまう。

 少し迷惑ではあるが、平和の代償と考えれば安いもんだ。


 恒例の公務の連絡が終わり雅ら理様の部屋を出る前に、天外は思い切って聞いてみた。


「いつか、雅ら理様から魔法を教えていただくことはできませんか?」


 雅ら理様はその言葉に対し黙り込んだ。


 その沈黙は天外に後悔をさせるのに十分な返事だった。

 色々なことがあって思い上がってしまった。

 当主直々に習うなんてことは、天外のような身分ではありえない。


「そうですね――」


 雅ら理様は顔を上げると白目がちな瞳を細め、眉をきゅっと整え厳しい表情で言った。


「――私の世話役には、もうちょっと上手になってもらわないと困りますね」

「本当ですか? あの、すごい頑張ります。ボクは邦魔を愛してるんです!」

「ただし、他言無用でお願いします」

「もちろんです。そうですよね、ボクごときが直に習ってるなんて知れたら問題になりますもんね」

「以前、色許男さんがこうおっしゃいました。天外さんの魔法は、純粋に魔法が好きだった頃の自分を思い出させてくれる。凝り固まった邦魔の世界に一番必要なのはあの魔法だと」

「色許男がそんなことを?」

「ですから気をつけないと――」


 雅ら理様は恥ずかしそうに首を振る。

 そして首を傾げて花が咲くような笑顔で言った。


「私もバカになっちゃいそうですから」



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彼女はいつかバカになる 亞泉真泉(あいすみません) @aisumimasen

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