第23話
「病院内では走らないでください」
ゆっくりと歩く
「雅ら理様、お一人でお歩きにならないで下さい」
「私は一人で大丈夫です。天外さんこそ、ご自由にされて結構です」
「いいえ、ボクは雅ら理様のお側を離れないように申し遣わされています」
「お役目だから一緒にいるのですね」
「違うっ! いや、失礼しました。違います。ボクはボクの意志で一緒にいます。一緒にいたいんです」
「どうしてですか? 私は邦魔にとっていない方がいいのですよ。当主でなくなるかもしれない。そうしたら、私は価値の無い存在です。もう私に気を使う意味などないのです」
雅ら理様は、大きく頭を振ってそう言った。
そんな姿は見たことがなく、いつも綺麗に結いあげている長い髪から毛がほつれた。
駄々をこねる方法も知らずこれまで育ち、そして初めて本能的に溢れでた感情に翻弄される子供のようだった。
「どうしてそんなこというんですか? じゃぁ、言わせてもらいますよ。一緒にいるのは友達だからですよ。友達になろうって言ったのは嘘じゃなかったんでしょ。当主をやめるのは勝手だけど、友達をやめるのは勝手ってわけにはいかない」
「天外さん……」
胸の中から言葉が勝手に溢れだした。
「友達だから、この際打ち明けるけどさ。多分雅ら理様はボクを誤解してる。というかずっと騙してたんだ、ゴメン」
「どういうことでしょう?」
「ボクは魔法が全然出来なくて。多分、本家に仕えてる人間の中で一番ダメなくらい。あの時、雅ら理様の前で魔法を見せることになって、ボクは手品を使ったんだ。魔法では何も見せられるものがなかったから。そしてそれをずっと黙ってた。言ってしまえば世話役の任を解かれる、本家に仕えることができなくなる、邦魔の世界にいられなくなる、雅ら理様に会えなくなる。そう思って、バレないように祈りながらずっと騙し続けてきたんだ」
「では、あの時の」
あぁ、終わっていく。
天外の邦魔の未来が、音を立てて崩壊していく。
身体の奥から湧いてくる震えに翻弄され、天外はただ正直に告げるだけだった。
天外の中でなによりも大切だった、邦魔の夢が一言ごとにはじけ飛んでいく。
だけど天外の気持ちは、そして言葉は止まらなかった。
「そう。呆れたでしょ。もう全部嘘っぱちだよ。死ぬ覚悟なんて言ったけど、それだって怪しいくらい。その場しのぎの言葉を逃げて、なんとか邦魔にしがみつきたいんだよ。だってさ、魔法の才能がないんだもん。ホント、嫌んなるほどダメなんだ。だから、雅ら理様はボクの憧れで、ボクの夢だった」
「やはり私が邦魔の家元だから。魔法の力があるからなのですね」
「きっかけはそうだよ。でも友達だって好きになるのだってそうじゃないか。格好いいとか、優しいとか、そういうわかりやすい長所にひかれて興味をもつんだろ。そして一緒にいるうちに、知らなかった相手の良さに気づく。自分で見つけたその価値により、もっと相手が好きになる。もっと一緒にいたいと思う。それが友達じゃないの? ボクのこと初めて会ったときから何も変わらない?」
「変わっています」
「それが友達じゃないか。ボクが、ボクだけが知ってる雅ら理様の価値があるんだよ。それはね、たとえ雅ら理様本人でも壊せないものなんだ」
当主の前で手品を使ったこと、そんなことを言えば邦魔から追放されてもしかたないと怯えていた。
だけど雅ら理様が、傷つき悲しむよりはずっとましだ。
どさくさ紛れの格好悪い懺悔だ。
だけどそれでいい。
天外が格好悪くなればなるほど、きっと雅ら理様に届く。
そんな気がした。
雅ら理様はただ黙っていた。
どれほどの時がたったのか、不意に雅ら理様が言った。
「天外さん、ソフトクリームというのをご存じですか?」
「ソフトクリームって、あの食べる?」
「はい。食べたことはありますか?」
「ええ。でももう季節的に終わりなんじゃないかなぁ、冷えてきましたし」
「そうですか。私は一度、食べてみたいと思ってました」
雅ら理様の視線の先には『大人気! オリジナルひよこ豆ソフト』という旗が立っていて、その横には店舗の横に併設されたスタンドが、とても大人気とは思えない佇まいであった。
「まさか、ソフトクリームを食べたことないんですか?」
雅ら理様は、少しはにかむように口をきゅっと結んで頷く。
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