第24話

 『大人気! オリジナルひよこ豆ソフト』は、肌寒く感じはじめるこの季節に出足があまりよくないのか時間がかかった。


 その間に天外てんがいは隣にある自動販売機で、あたたか~いミルクティとあたたか~い日本茶を買った。


 素手で持つには熱すぎる缶を脇に挾み、ソフトクリームを両手に、ベンチで待つ雅ら理からり様の元に弾む足取りで戻る。


 ソフトクリームを受け取った雅ら理様は、なかなか食べ始めずにじっとソフトクリームを見つめていた。


「どうしたんです? 溶けちゃいますよ」

「あの。食べ方が……わからなくて」


 まったく、驚かされることばかりだ。


「これは、直接、こう、口で……」


 実演して見せたが、雅ら理様はソフトクリームを直視したまま動かない。


「美味しいですよ?」

「食べ痕が、残ってしまいませんか?」


 そうきたか。


 確かマナーの厳しい食事では、直接噛みちぎったりなめたりしない。


 天外の家は邦魔の家系といっても、生活水準は一般家庭だし、食事のマナーなんてものをきちんと教わったことはなかった。

 雅ら理様が見つめるソフトクリームは、表面が溶け始めキラキラと輝いている。


「スプーン。ないかどうか聞いてきます」


 ソフトクリームスタンドへ駆け戻りおばちゃんに聞くと、ちょっと面倒くさそうに透明のプラスチックでできたスプーンを二つくれた。


 こうしている間にも、天外のソフトクリームも溶けて手に流れてきた。


 雅ら理様の手も汚れてしまってるだろう、と焦って様子をうかがうと、そこには人垣ができていた。


 迂闊だった。

 雅ら理様は今や時の人だ。

 このままでは大騒ぎになってしまう。

 有名人だと騒いでいるだけならいいけど、ケチをつけたり野次を飛ばす人もでてくるに違いない。


 雅ら理様に近づこうと強引に人垣を分け入ろうとすると、柔らかく明るい歓声が一気に上がった。


 人々の頭に、少女がつける髪留めのように鮮やかな花が咲く。

 はじめに子供たちの甲高い声が響き、次に大人の女性たちの声、やがて男たちの野太い声が広がっていく。

 それだけで、周囲の空気が全く変わってしまった。


 子供たちは雅ら理様にまとわりつき飛び跳ねる。

 雅ら理様はしゃがみこみ、視線を合わせると柔らかい笑顔を見せた。


 人の悪口が好きそうな化粧の濃い年増の女性たちも薄っすらと頬を赤め、乙女の顔に戻っている。

 手をあわせて拝んでいるおばあちゃんもいた。


 もちろんそんな中には、不躾にスマホのカメラを掲げた若者もいた。


 天外が注意をしようと近づくと、側にいた中年男性が「プライベートなんだから」とたしなめた。

 その言葉に反発しようと舌打ちした若者は、自分を取り巻く人達の表情を見て悟りすごすごとその場から離れた。


 もし、天外が強引に制していたら余計ないざこざが起こったかもしれない。


 雅ら理様の魔法が創った柔らかい空間の凄味を改めて感じる。


 人をゆっくりと分け、枯れ枝のような老人が雅ら理様に近づいた。

 本家で見るようなきちんとした身なりの老人ではなく、服もいつ洗ったんだかわからない布といった感じで嫌な予感がする。


鈴雅すずか様」

「鈴雅は、私の曾祖母です」

「そうでしたか、そうでしたか。元気でいらっしゃられるますか?」

「はい。おかげさまで」

「よかった。それは本当に良かった。くれぐれもお身体をご自愛していただきたい」

「伝えます」

「先の戦争でお会いしたことがあるのです。慰問に来られて。正直、終戦間際で士気も下がっておりました。それをあんな駐屯地まで来てくださって、そりゃもう美しくて、美しくて、我々は天女様がやってきたのだと本当に思いました」

「お元気なご様子で、なによりです」

「あぁ、本当に、本当にお美しい。そっくりです。わしは、恥ずかしながら鈴雅様に歌を、俳句を送ったのです。他に渡せるものなどなにもありませんでしたから」

「どちらにいらっしゃったのですか?」

「高松です。高射砲部隊におりました。話し方もそっくりだ。本当に、あの時に戻ったかのようだ」


 雅ら理様はそれを聞いて微笑んでうなずいた。

 背筋を伸ばし視線を上げると透き通るような声が響いた。


「こにおやに いまわさきちり はなえがお」

「おぉう。おぉおうぅ」


 老人はその場に嗚咽と共に崩れ落ちた。


「そうです。その歌です。あぁ、ありがとうございます。ありがとう、ありがとうございます。鈴雅様」


 雅ら理様は身をかがめると老人の手を取った。


「曾祖母から聞いております」

「まさか覚えていてくださったとは、こんな、こんなことがあるとは、わしは今まで生きていてよかった。いままで、苦しかったことも、恨んだことも、憎んだことも、すべてよかった。それでも生きていてよかった。ありがとうございます。どうか、どうか、ありがとうございます」


 枯れ枝のように皮膚に水分を感じないような老人が、溢れんばかりに涙を流していた。


 その手を取る雅ら理様の姿は、一枚の宗教画のように美しくどこか神々しく、周りの者は誰もが息を飲んだ。


 天外はしばらくその様子を見守ったあと、雅ら理様に近づき声をかける。


「雅ら理様、そろそろ」

「はい、では皆様、失礼致します。楽しいひとときをありがとうございました」


 連れ去ろうとした時、ブーイングが来ても仕方ないと覚悟はしていた。


 しかし雅ら理様が頭を下げると別れを惜しむ声と賛辞、そして激励などが飛び人垣が割れ道ができた。


 二人になると雅ら理様は頭を下げた。


「ソフトクリーム、溶けてしまいました」


 域の中から、湿ったコーンを取り出した。


「ごめんなさい、せっかく天外さんが……」


 小さく、声を絞り出すようにか弱い姿の彼女は、さきほど人前で華やかに笑っていた時とは別人のようだ。


「また食べに来ればいいじゃないですか」


 彼女は顔を上げ、なんだか驚いた顔をしていた。

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