第25話
数日後、
普段なら直に会おうと来ることはない。
どれほどの立場であろうと手続きを踏まなければ会うことはできない。
煩わしい決まりごとではあるが、それが徹底されているというのは伝統を持つが故の強みとも言える。
「雅ら理様はおられるか」
「どうかいたしました?」
「お主じゃ話にならん。雅ら理様は」
「話になるかならないかを判断するのは雅ら理様です。どうかなさいました」
「それどころじゃないのだ、早く会わせろ」
「理由もなしに会わせろなんて者を止めるために私がいます。この役目を決めたのはあなた達ですよ」
「ううむ。反乱が起こった。
思い当たる節がありすぎるその言葉に思わず息を飲んだ。
あのあと、
雅ら理様は自分で告げようとしていたが、今後の貴澄の立場を考えると当主自らが出て行かないほうがいいと天外が判断したのだ。
雅ら理様の部屋に入り報告をしようとすると、ご老体は無礼にも天外に続いて入ってきた。
もう全然世話役の意味が無い。
「ええい、なんかないのか? テレビとかラジオとかコンピューターとか」
「テレビなんて若者衆の部屋にしかないですよ」
しかたがないので雅ら理様を連れて例の
生活感丸出しの散らかりまくった若者衆の部屋を雅ら理様に見られるのは妙に恥ずかしかった。
テレビをつけると、主婦向けのワイドショーの時間で、そこには何本もの束ねられたマイクの前で不敵に宣言する貴澄の姿があった。
テロップには『邦魔に隠された闇を告発』と刺々しい字体で書いてある。
チャンネルを変えても、民放はテレ東以外すべてその会見の様子で、一つは大きなソファに身を沈めたよく見る壮年のタレントが貴澄にインタビューしている姿だった。
『生直撃!』などと書いてあることから、いま収録中の生放送なのだろう。
貴澄は和服ではなくダークなスーツで華奢な銀のフレームのメガネ、いつもよりもカッチリテカテカに決まった髪型で、神経質なインテリの銀行員みたいだ。
「そもそも文化支援として国から助成されているお金、そして流派に属するものからの献金など、そういったお金の流れが見えにくいのも問題だと思います。普通の民間企業なら考えられませんよ」
「そうですね」
「保守的な組織であるゆえ、誰もおかしいと言わなかった。言えなかったことなのです。家系で従事するという閉じた世界では、一族郎党に被害が及ぶ恐怖心で縛ることができる。ですが邦魔は日本が培ってきた大切な文化です。それを身勝手に私物化するというのは皆さんどう思われますか?」
コメンテーターの顔が映し出され、もっともらしく頷いている。
「現在、邦魔を学ぶためには限られた人たちのみが高い月謝を払うしかない。紹介も必須となります。それでいて外部から学ぼうという人間には表層的なものしか教えられないんです。実際に邦魔に携わるには血縁になるしかない。しかし、邦魔を育ててきたのはすべての日本人です。日本人の誰もが学ぶ機会を与えられるべきなんです。誰だって子供の頃に思いますよね? もし魔法が使えたら。そんな子供たちの夢を事実上潰しているんです。私は邦魔がいけないと言っているんじゃない。邦魔を取り巻く現状、ひいては崇御家が牛耳るこの制度こそ問題だと言っているのです。心ある方は賛同してくれると思います。そしてこれを機に、できるだけ多くの方に邦魔に興味を持っていただきたいと思っています」
テレビの中ではコメンテーターが「立派です」などと美辞麗句を打ち立てている。
一方的にこちらを悪者にしておいて立派も何もない。
雅ら理様の考えも知りながらよくこんなことが言える。
奥歯を噛み締めながら雅ら理様の顔を伺うと、その表情には悲しみも怒りもなかった。
そのすべてを飲み込んだ後に浮かびがったような冷たい無表情。
不謹慎ではあるが、天外はその表情を今まで見たことがないほど美しいと思ってしまった。
「とにかく、これから緊急に会議を開く。雅ら理様にも出ていただくことになりますからね」
そう言ってご老体は「あぁ、えらいことになった」としきりに言いながら去っていった。
代わりに飛び込んできたのは色許男だった。
色許男はものすごい勢いでまくし立てる。
「天外~、えらいことになったぞ! っと、雅ら理ちゃん。いやぁん、この部屋は女子禁制!」
「わかってる。いまボクたちも知ったところだ」
「なんでお前がマリー14世のこと知ってるんだ?」
「知らないよ。誰だよそれ、13世じゃなかったのかよ」
「マリー13世の娘のマリー14世だよ。俺は柔軟にターゲットを切り替えこれからという時だったのに」
「娘いたの!? 色許男はロリコンだったのか。雅ら理様、離れて!」
「何言ってんだ。14世は俺の11歳年上だぞ」
「13世はいくつだったんだ!?」
「そんなマリー14世が、俺の目の前で駆け落ちするなんて。これよりも重大な事件があるか!」
「あるよ! 割とよくあるよ。こっちはもっとえらいことになってるんだよ」
「マリー14世の駆け落ちよりもか? 土地の権利書まで持って行っちゃったんだぞ」
「そんなのどうでもいい! 貴澄が反乱を起こしたんだよ」
「そうか! じゃ、こっちだってマリー14世の涙なしでは聞けないお宝エピソードを出そう」
「そうか。じゃないよ! 雑に納得するなよ。邦魔の一大事だぞ。テレビでも全部そのニュースだ」
「あ、そうなの? 面白そうだな。よし、これから現場を賑やかしに行こうぜ」
「ボクも行く」
「いけません」
勢い良く踏み出した天外たちを止めたのは雅ら理様の一言だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます