第19話

 数日して、雅ら理からり様の元に意外な人物が訪ねてきた。


 宵子よいこの世話役、貴澄きすみ

 穂丹楽ほにらく流の人間であり、渦中の人物でもある。


 彼に文句を言いたい人間は本家にはごまんといた。

 実際に雅ら理様の部屋に通されるまでに嫌味を一言二言言った者もいたらしい。


「全治10ヶ月ですが、元気にされております」


 ベッドの上で笑顔を見せながらピースサインをする宵子の画像を見せ、貴澄は報告をした。


 さすがに雅ら理様も、部外者と会うときには和服で以前と変わらない振る舞いだった。


「それはなによりです。お見舞いに行かなくてはいけませんね」

「喜ばれると思います」


 貴澄は座布団を外し、居住まいを正す。

 メガネが光を反射して白く光った。


 そしてメガネの奥の切れ長の瞳で天外を睨みつけた。


 天外が腰を浮かそうとしたところで雅ら理様が言った。


「天外さんに聞かれてはいけない話でしょうか?」


 貴澄はその言葉にしばらくの間、身体を固まらせてから、振り切るように顔を上げる。


「結構です。世話役のキミもそこで聞いてくれたまえ」


 天外が座り直すと貴澄はメガネを直して切り出した。


「雅ら理様が邦魔の未来について、どのような展望を持っているのか率直にお聞かせ願いたい」


 あまりにも直接的な問いだったが、雅ら理様はわずかも逡巡せずに答えた。


「厳しいものだとは思っています」


 否定も肯定もしない、それが雅ら理様に言える精一杯の誠意ある返答なのだろう。


 貴澄もその意味をわかってか、大きく頷く。


「邦魔は消えてはならないものです。私は邦魔に生まれ、邦魔と生き、そしてやがては邦魔に殉じる覚悟があります。が、現状の邦魔のあり方には不満が募る部分もあります。文化として奉られ、新しく血が流入することもなく、凝り固まった制度の中でゆっくりと沈滞しているのです」

「穂丹楽流には期待をしています」

「我が穂丹楽流は、確かにそんな状況を破るべく行動してきました。恥を偲んでメディアに出て、道化として笑われることすら厭いませんでした。海外での公演も、採算が合わないにもかかわらず定期的に行なっております。しかし――」


 貴澄は華奢な銀のフレームのメガネをクイッと上げ、続けた。


「――私に言わせればナンセンスです」


 急に部屋の空気が冷えたような気がする。


 雅ら理様はその言葉を聞き、わずかに瞳を大きくさせた。


「邦魔が死んでいる原因はなんだと思われますか? それは、この制度に問題があるからです。家元制度、これは果たして現代に適合した制度なのでしょうか? 否、これほど馬鹿げた制度もありません」


「は? 何を言ってるんですか」


 まったく予想もしてない発言に不意を突かれ天外は思わず声を上げてしまった。


 家元制度とは邦魔と共にあるもので、これがなくなってしまえば邦魔というものが存在できない。

 なくなってしまったら、邦魔と洋魔を隔てるものは何になるというのだ。


 雅ら理様は天外を見る。

 天外の発言を戒めるかのような強い視線だった。


 貴澄は天外の反応が予定通りだと言わんばかりに満足気に頷く。


「この制度の破壊、それこそが邦魔が生き延びる唯一の道だと思いませんか? そう、言うなればこの制度は邦魔の身体を蝕むガンです。いくら人気取りのために人目を惹いたところで、それはガンに侵された体に延命治療をするだけです。では、どうすればいいか? まず必要なのはガンの切除、回復はそれからです」

「それは……考えたことがありませんでした」


 やっぱり雅ら理様だって思ってもみなかったらしい。

 というよりも邦魔に携わる人間なら普通はそんなこと思わない。


「邦魔の人間は、この制度を自分たちを守る塀だと考えてます。しかし本当にそうでしょうか? いいえ、違います。これは自分たちを守る塀ではなく、逃れることを拒む牢です。そしてなにより、その牢は幻想でしかないのです。そんなものははじめからどこにもない。我々は、いつだって一歩踏み出せば、明るい世界で新鮮な空気を吸い、様々な人々の笑顔に会うことができるのです」

「私が、邦魔を苦しめていたのですか……」


「それは違います!」


 反射的に天外は片膝を立てて叫んでしまった。

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