第7話
朝と夕、
表面上はいままでと何ら変わることはない。
しかし部屋の中の空気が明らかに違っていた。
これは
以前の天外だけが舞い上がっていたような空回りした虚しい空気ではなく、雅ら理様の方も天外のことを意識しているような緊張感がある。
なのに、今まで通り会話は特にないのだ。
天外の方から公務の連絡をして、雅ら理様もそれを聞く。
結局はどこまで行っても当主という立場と世話役という立場は変わらない。
そのせいであの時の触れ合い自体が夢のようなものだったと痛感する。
それに正直、天外としても雅ら理様の方から声をかけられることが怖かった。
「あれはどんな魔法なのですか?」
なんて聞かれたら、手品であることを隠し通せるだろうか。
雅ら理様のあの瞳でジッと見つめられ、はぐらかし続けることなどできそうにない。
だからこの会話のない、上辺だけの言葉のやりとりで終わってくれることは、天外にとっての救いだった。
当主の部屋は破裂寸前にまで膨らんだ風船を頭の上に浮かべているような緊張感がある。
「本日、
文書に綴られているものを読み上げたあと、驚きの声が漏れてしまった。
バレていなければいいな、と思って雅ら理様を見ると、こちらを小さな瞳でじっと見つめていた。
眞狩家は、本家である崇御家の分家にあたる。と言っても、別れて流儀を立てたのは天外が生まれるずっと前。日本人がちょんまげを結っていた時代の話だから親戚という感覚とも違う。
眞狩家は
テレビなどのメディアに出ている邦魔は、総て穂丹楽流と言ってもいいからだ。
本家は伝統や格式にこだわるので、イベントと言っても国家的な式典などの権威のあるものしか腰を動かさない。
その点、穂丹楽流は邦魔を世に広めるという理念の下、エンターテインメント性を重視し弟子なども積極的にとっている流派だ。
大人たちの中には、美少年魔法ユニットとして一世を風靡した男性アイドル『マジッキス』を覚えている人がいるだろうが、あれも穂丹楽流の仕掛けだった。
天外は物心つく前のことなので見たことはないけど、異色アイドルとして時代を彩ったということはネットにも載っている。
もちろん兎羽家は真玉流なので、穂丹楽流の当主と面識があるわけではない。
しかし天外は趣味が邦魔なので、個人的にネットで調べたりテレビで見たりチェックはしている。
当主は20歳の女性、
メディアではアイドル的な扱いをされていて、当主の割りには親しみやすさを感じる。
ただ天外にとっては真玉流こそが邦魔なので、いくら可愛く親しみやすいと言われてもファンという感覚にはならない。
確かに同じ邦魔を目指す者ではあり、現状では日本で一番名前だけは有名な邦魔の使い手なわけで、気にならないわけはない。
しかし本家の当主にお仕えする以上二心を抱くなんてとんでもない話。
見る時は横目でチラッとだけしか見ないように気をつけているくらいだ。
その眞狩家当主が、雅ら理様の下に訪ねてくるらしい。
不仲説なんてものがあるわけではないし、式典では顔を合わせることも多い二人だが、こんなプライベートで会うことがあるなんて驚きだった。
天外みたいな邦魔のことばっかり考えてる人間からしたら歴史的瞬間とも言える。
「天外さんは、私のために死ねますか?」
冷たい目のまま雅ら理様は天外に向かってそう言った。
眞狩宵子が訪ねてくるというのは、ひょっとしたらそんなに危ないことなのだろうか。
本家の当主を亡き者にするために襲いかかってくるとか。
いや、そんなバカなことはないだろう。
もし可能性があってもそんなのは当主自らがすることじゃない。
この問いはただ単に天外の忠誠心を確かめるためのものだろう。
ここでNOと答えるのは雅ら理様との、真玉流との、邦魔との関わりを切るという意味になる。
そうしたら天外は生きている意味があるのだろうか。
天外の人生は邦魔と共にある。
邦魔を捨てて生きながらえて、何が人生だ。
普通の人にとって、誰かのために殉じるなんて狂人のようだけど、天外にとってそれは極めて理性的な判断だった。
ただ、できれば雅ら理様のために死ぬにしても、即死じゃなくて二三日猶予があってから死にたい、とは思う。
「はい」
天外は雅ら理様の目を見てそう答えた。
「本日の宵子さんとの会合には天外さんも立ち会って下さい」
「ボ、ボクもですか? ですが当主同士の話し合いに」
「構いません。あちらも世話役がつくそうですし、天外さんには十分それだけの資格があります」
「ひょっとして……命の取り合いみたいな対決になるのでしょうか?」
「天外さんは不思議なことをおっしゃるのですね」
そう言って雅ら理様は目を細めて口元を軽く上げた。
その遠慮がちな笑顔は的確に天外の急所を打ち抜き、即死するかと思った。
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