第4話

「ただいまー。」


 ネオンから帰ってきた俺はあくびをしながら靴を脱ぎ、廊下を歩く。


「お帰り。光真君!」

「お、おう。なんかやけに元気だな。何かあったのか?」

「別に、気持ちを切り替えただけだよ!」

「そ、そうか。なんの気持ちを切り替えたのかは知らねぇけど、元気でなによりだな。」


 苦笑しながら俺は自分の部屋に行き、荷物を置く。


 疲れてる今の俺に元気なあの声は頭に響くな……。元気なのはいいけどさ。


 部屋を出て、風呂に向かおうとすると、瑠夏が犬みたいに俺のもとへ走ってくる。


「お風呂。ピカピカにしておいたよ!」

「え?あぁ。うん。ありがとう。………てか、家に来てまだ日も浅いのにそんな事する必要あるか?」

「いいの、いいの!ささっ、入って入って!!」


 瑠夏が俺を押し込みながら、風呂場に誘導してくる。


「わ、わかったから、お、押すな!」

「わかったー。」


 あっ、意外とすんなり引いてくれた。


 脱衣所のドアを閉じて服を脱いでいく。


 ……なんか、本当に様子がおかしいぞ。


 今日はなんなんだ?九条もおかしかったし。今日のみんなちょっと変だぞ。


 首を傾げながら、俺は風呂場に入り、シャワーを浴びる。


 九条はいつもより女の子ぽいし、瑠夏の奴は前より、元気でやけに明るく振る舞ってるし。


 いったいなんなんだ?今日は女の子の様子がおかしい日なのか?


 体を洗い、風呂に浸かる。


「あぁ〜。」


 吐息を漏らしながら、目を閉じる。


 ……そういえばラブコメで男主人公が風呂に入っている描写って少ないよな。


 何故か、頭にそんな事を思い浮かんだ。何でだろう。俺が風呂に入ってるからか?いや、でも、風呂なら毎日入ってるしな……。


「うーん。」


 考えてもわからない。俺はこれからも主人公になれるように頑張る。こんなよくわからん事を考えるのはやめだ。


「ういしょ。」


 風呂から上がるとタオルで髪と体を拭き、置いておいた服を着て脱衣所から出る。


「光真くん!」

「何なに!?」


 脱衣所から出ると横から満面の笑みの瑠夏が現れ、俺に抱きついてきた。胸の弾力に一瞬顔が緩みそうになる。


「って、どうしたんだよ。瑠夏。」

「別に〜。」

「はぁ?」


 一旦瑠夏を離し、俺は瑠夏を見つめる。


「今日はなんだ?お前なんか変だぞ?」

「そう?いつも通りだと思うんだけどなー。」


 瑠夏はいつも笑顔で、答えるが、俺には何かが違って見えた。


「–––––お前、そのわざとらしい演技をやめろ。」

「えっ?」


 俺が真正面からそう言い放つと、瑠夏はきょとんと、言われてた事が理解出来ていないような顔をした。


「帰ってから何かおかしいとは思ってたけど、お前、演技で元気よくしてるだろ。」

「な、何で?」

「さっきのお前のその笑顔、引きつってたんだよ。ほんの少しだけどな。それでそう思った。で、どうなんだ?」

「………」


 瑠夏は一言も喋らずに俯く。


「その反応で答えがわかった。………ったく、少しは誤魔化してみろよな。」

「ご、ごめん。」

「別に怒っては無い。……何があったんだ?」


 瑠夏に質問する。こいつに何かが起こったから、こんな事をしたはずなんだ。それをまず聞かねぇと。


「な、なにも無いよ。」

「嘘つけ、動揺してるのがバレバレだぞ。」

「うっ。」

「瑠夏。どうしたんだよ?俺に話してみろ。」

「……って。」

「えっ?」

「だって!」


 顔を上げたと思ったら、瑠夏の目には涙が溜まっていた。


「光真君!私の事忘れたんでしょ!?私を好きでいてくれて、私も好きだった光真君は、もういない!でも、まだ私は諦めきれないの!!………だから、もう一度君に私を好きになってもらいたかったの!!」

「だからあんなアプローチをしたと……。ったく。」


 俺は少し力を込めて瑠夏にデコピンをくらわせる。


「いてっ……!」

「お前は不器用か。そんなぐいぐいされても不自然なだけだ。それに、俺達同居してるんだぜ?急ぐ必要あるかよ?俺を好きにさせたいならゆっくり時間をかけてやっていけばいいだろ?」


「で、でも、光真君に好きな人が出来たらっ!」

「好きな人は作らねぇ。少なくともお前との記憶を取り戻すまではな。こんなに俺の事を好きでいてくれてる瑠夏を、俺は記憶が無いからって瑠夏をほっといて他の女を好きになるのは、後味悪いし、それに、俺の心がそれを許せねぇ。」

「光真君……。」


 やべぇ、なんかかっこつけすぎてしまったー。確かに瑠夏に言った事は本当だけど、冷静になるとなんか恥ずかしぃ……。


「ま、まぁ、だから、そんなに急ぐ必要は無いって事だ。だからいつも通りのお前でいてくれ。」

「………うん。わかった。」

「そうか。ありがとう。………今日は眠いからもう寝る。おやすみ。」

「………光真君。」


 俺は背を向けて部屋に向かおうとすると、瑠夏に呼び止められる。


「ん?」

「ありがとう。」

「礼を言われる事はしてねーよ。」


 そう言って俺は自分の部屋に向かった。

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