第29話

 反抗しようにも、声が上擦ってしまった。早くも彼の指先がビキニを乗り越え、お尻へと悪戯の気配を近づけてくる。

「もっと抵抗してくれないか。じゃないと、止められないぞ?」

「あっ、あなたがやめればいいことでしょ? ちょっと……だめったら」

 右のお尻をじかに鷲掴みにされ、ぞっと鳥肌が立った。身体じゅうを強張らせながら、モニカはわずかな手の動きにも怯え、神経を研ぎ澄ませる。

 そのせいで余計に彼の愛撫を感じ、息が荒くなった。

「きみから誘っておいて、それかい? もっと盛りあげて欲しいなあ」

「盛りあげろって、んぁあ、言われても……」

 これまでの経験からして、単に触れば満足するものではないらしい。ジェラールはあえてモニカの羞恥心を煽るべく、辱めの言葉を投げつけてきた。

「ブリジットも、まさか守るべき王女が自らこうやって、おれにすべてを差し出してるとは思わないだろうね。きみは今、ブリジットという騎士の忠誠を裏切ってるのさ」

「そういうわけじゃ……さ、触らないで」

 ようやくジェラールの手がショーツを離れるも、今度は腰を這いあがってくる。咄嗟にモニカが脇を締め、肩肘を張ると、耳に囁きを吹きかけられた。

「……これじゃあ、続きができないよ? モニカ」

 黙りこくっていると、耳たぶを舐められ、着々と抵抗の力を奪われていく。

「んあぁ? ま、待って……」

「待たないよ。ほら、早く力を抜くんだ」

 抵抗しろと言ったり、抵抗するなと言ったり。彼の要求に翻弄されながらも、モニカは執拗なキスに屈し、胸でも悪戯を受け入れてしまう。

「この感触だよ。やめられないね」

 ジェラール自身も少し息を乱しつつ、モニカのブラジャーに手を突っ込んだ。決して豊満ではないが貧相でもない、年相応の膨らみを、独り占めでもするように押し揉む。

「見てもいいかい?」

「さ、触ってから言うこと? 順番が、っはあ、逆……!」

 敏感な突起を指で挟まれ、捏ねくりまわされては、反抗も続かなかった。

 初めて無理強いされた時と違い、身体が『慣れて』しまったらしい。彼の愛撫は単純な性的欲求だけではない、などという浅はかな期待も脳裏をよぎる。

 愛があるのなら――。

 ほんの一瞬の隙を、ジェラールは見逃さなかった。ビキニのブラジャーをずらし、モニカの肩越しにその膨らみを覗き込む。

「ひやあっ?」

「いいから見せるんだ」

 モニカは赤面するも、胸を隠すことは許されなかった。

 疎いモニカでも自覚せざるを得ないほど、身体は疼きを漲らせている。汗ばんだ肌は艶やかに照り返り、乙女の不可侵性を漂わせた。

 ジェラールはモニカの胸にすぐには触れず、甘い調子で囁く。

「今日はきみに見惚れて、何度もボールを取り損ねたよ。危なかった」

「そんなこと言って、勝ったじゃないの。あなた」

 触ることより、こうしてモニカを恥ずかしがらせるのが目的のようだった。その指がモニカの視線を引きつつ、胸の曲線ををなぞっては突起を弾く。

「きみが思ってるほど、おれは余裕がないんだよ? 本当は今夜にでも連れ込んで、きみを滅茶苦茶にしてやりたいのさ」

 見境もなしに色を求めるにしては、ひたむきな言葉だった。しかし紳士的なのは、歯の浮くような台詞だけで、いやらしい悪戯は一向に止まりそうにない。

ついには背中の側からビキニのショーツにも手を突っ込まれ、乙女を荒らされる。

「ちょ、ちょっと? やだっ、そこには何もしないって……」

「昼間はね。今はほかに誰もいないんだ」

 たまらずモニカは脚を閉じ、自分の手を噛むようにして息んだ。それを意に介さず、ジェラールはショーツの中をまさぐり、蜜の源泉へと指を指し込む。

「ひああっ? あ……そ、そこは!」

 逃げようとして、王女は四つん這いの姿勢となった。胸を隠してもいられず、汗だくの双乳が揺れ弾む。

「犬みたいだぞ? お姫様」

「だ、誰のせいよ? いいから……はあ、抜いてったら」

 ショーツの脇からはジェラールの人差し指と小指が食み出した。中指と薬指は見えないところで曲がり、モニカに奇襲を仕掛ける。

「きみがおれを楽しませてくれないから、こっちは好きにしてるのさ。誘ったのはきみなんだから……ねえ? ここは『ご奉仕』のひとつでもしてくれないと」

「ご、ご奉仕……?」

 だんだん頭がぼうっとしてきて、ジェラールの言葉は暗示にも聞こえた。

「そうだなあ。じゃあ、きみにも『これ』をやってもらおうか」

 ジェラールが覆い被さってきて、モニカの背筋にねっとりと舌を這わせる。それは肉食獣が獲物を竦ませるためにするもので、今にも歯を立てそうだった。

「きみがおれを舐めるんだ」

「え? ……あ、あたしが……?」

 思いもよらない要求を突きつけられ、モニカは息を飲む。

 しかし彼は本気のようで、上着を脱ぎ捨ててしまった。放蕩王子にしては騎士のように逞しい胸板が、初心なモニカを驚かせる。

「舐めろって言われても……」

「やってみなよ。その間はおれも手は出さないからさ」

 抵抗はあった。だが、舐めさえすれば、彼に乙女の部分を荒らされずに済む。そうとなっては、ほかに選択肢などなかった。

 おずおずとモニカは彼に近づき、唇をわななかせる。

「う……動かないでよ? 絶対」

「ああ。きみを見てるだけにするとも」

 何度も念を押しては、覚悟を決めなくてはならなかった。触るだけならまだしも、舐めるという行為はキスに似ており、ハードルが高い。

 それでもモニカは舌を伸ばし、遠慮がちに彼の鎖骨をちょんと舐めた。

「いいぞ。続けろ」

 ジェラールによしよしと頭を撫でられながら、淫猥なキスを繰り返す。しょっぱいような、甘いような――味はよくわからなかった。

 ただ『彼を舐める』というアプローチそのものに胸の鼓動が跳ねあがる。彼の胸をちゅうっと吸うと、酔いもまわってきた。

 あれ? あ、あたし……。

 これはあくまで純潔を守るためのもの。彼に逆らえないからしているのであって、自ら望んだことではない。なのに、衝動じみた高揚感が込みあげてくる。

 女として男を求め、尽くすこと。なまじ自分の意志でやっているせいか、嫌悪感は麻痺し、だんだんと唇の動きも積極的になってしまった。

 モニカのかいがいしいキスを見下ろし、ジェラールは満足そうに頬を染める。

「さまになってきたじゃないか。きみも、おれを自分のものにしたくなってきただろ」

 今だけは彼の視線を釘づけにできた。昼間の出来事のせいか、ブリジットやアンナに対抗意識が芽生え、モニカは捧げるようなキスに没頭する。

 もっと……あたしだけを……。

 半ば朦朧として、自覚はなかった。ただ、ジェラールをほかの女性に渡してはならないことだけは、考えずとも理解できる。

 ジェラールの首筋を舐め、脇腹にも舌を這わせて。

やがてモニカは『あること』を思い出した。上目遣いで窺うと、ジェラールは不思議そうに首を傾げる。

「どうしたんだい? 舐めるのが、嫌になったのかな」

「そうじゃなくって……その」

 そっちの方面には疎いモニカでも、知識だけはあった。男性は『あれ』を刺激されると気持ちいいらしい――そして、それをキスで包み込むアプローチがある。

 躊躇いながらも、モニカは彼のベルトに手を掛けた。

 このような真似をする必要はない。しかし、これならブリジットやアンナを出し抜き、ジェラールの心を奪えるかもしれない。

 ソール王国のためではなく、自分のためだけに。

「待て、モニカ。おれはそこまでやれとは言ってないぞ」

 いつになくジェラールの口調が強くて、ぎくりとさせられた。モニカ自身も愚かな行為にはっとして、口を噤む。

「あ、あたしは……」

「薬が少々、効きすぎたようだね。ブリジットやアンナを気にして、おれに唾をつけようとしたんだろうが……これじゃ、おれのほうが安く見られたみたいで、不愉快だ」

 ジェラールは機嫌を損ね、モニカのキスを押し返してしまった。

 欲望には正直な彼でも、奴隷のモニカが命令以上の『ご奉仕』に勤しむのは、我慢ならなかったらしい。だが、その意図はモニカにもまるでわからなかった。

「あ……あなたはあたしが欲しいんじゃないの?」

「欲しいさ。けど、おれをただの色好みの輩と思われるのは、御免だね」

 ジェラールは苛立ち、モニカを強引に仰向かせる。

「きみはおれを侮辱したんだよ。相応の報いは受けてもらおうか」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「問答無用。続きは城に帰ってからだ」

 どうやらモニカとジェラールの心はすれ違ってしまっていた。ジェラールの要求とモニカのアプローチには、男と女で根本的な乖離があるのかもしれない。

「覚悟してなよ、モニカ」

「ジェラール? あたしはまだ」

 せっかくの逢瀬も切りあげ、ジェラールはすたすたと立ち去った。それだけプライドを傷つけられたのだろう。

 モニカは半裸の恰好でひとり残され、呆然とする。

「あなたはあたしにどうして欲しいのよ? ジェラール……」

 ソール王国の夏は長い。モニカとジェラール、ふたりの夏は始まったばかりだった。

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