第14話

「こっ、こんなことさせて……あなたは楽しいわけ?」

「楽しいから、やってるんだ。これでもおれは我慢してるんだけどなあ」

 横目がちに睨んでやると、ジェラールは不敵な笑みを浮かべる。

「きみを無理やり抱くことはできるが、それじゃ面白くない。きみにはじっくりと、おれのものになったってことを自覚してもらわないと」

 彼の支配的な欲求には早くも愛想が尽きそうになった。この調子では、しばらくは操を守ることはできるにしても、こうして屈辱的な辱めを与えられるのだろう。

 そろそろ十時を過ぎる頃合いであり、回廊はすでに消灯されていた。ジェラールとモニカでカンテラの灯かりを頼りに進む。

「……そろそろ戻らない? 何の意味があるのよ、こんな悪戯……」

「まだまだ。……おっと、誰かいるようだね」

 帝国軍の動向を警戒し、城には哨戒中の騎士も多い。ジェラールはマントでカンテラの灯を隠しつつ、見張りの兵をやり過ごした。

 まだジェラールは服を着ているのだから問題ない。その一方で、モニカは可憐で危ういランジェリー姿。女体曲線は惜しみなく晒され、カンテラの灯で肌が照り返った。

 恥ずかしさのあまり、モニカはとうとう涙ぐむ。

「も、もういいでしょ? お部屋に……」

「あと少しだよ。ほら」

 それでもジェラールは退かず、モニカを城の屋上まで連れ出した。

 モニカたちの頭上では満天の星空が輝き、数多の星座がパレードと洒落込んでいる。

「風邪をひかせてもいけない、か」

 ようやくジェラールは半裸のモニカをマントで包んでくれた。

「……ジェラール?」

「きみと星が見たかったのさ。子どもの時は雨で台無しになったじゃないか」

 美麗な夜空を仰ぎ見て、モニカは瞬きを繰り返す。

 八年前もジェラールには『星を見るぞ』と、夜中に連れ出されたことがあった。けれども雨雲に遮られ、月さえ見えなかった。

 今夜は三日月も金色の光を放ちながら、ソールの城下町を見守っている。

「綺麗……」

「だろ? 真上にあるのが、おれのしし座さ」

 星が多いせいか、夜空はブルーを溶かし込んだように幻想的な色合いだった。

「それは八月の星座じゃないの?」

「おれに言われてもね……で、あの左にあるのが、きみのおとめ座さ」

 しし座の隣にはおとめ座がある。そう言われても、モニカには区別がつかない。

「星に詳しいのね、あなた」

「おれのカジノでは星座占いなんかもやってるんだ」

 いつしかモニカは服を着ていないことも忘れ、呆然と星空を眺める。

 国王代理に就いてからというもの、こんなふうに星に見惚れることなどなかった。その輝きを掴めそうな気がして、手を伸ばすも、届きはしない。

「……戻ろうか」

「あ、そうね。こんな恰好だし……」

 名残惜しく思いながらも、モニカはジェラールとともに屋上をあとにした。帰りはジェラールのマントに隠してもらい、最短のルートで部屋まで戻る。

 ところが、その途中でブリジットと鉢合わせになった。

「ブ、ブリジット?」

「姫様っ?」

 互いに驚愕し、ぎくりと顔を強張らせる。

 しかもモニカのほうは下着だけ。ブリジットには見せられまいと、ジェラールのマントを我が身に手繰り寄せる。

 そのせいで、傍目には『逢瀬』の様相を呈してしまった。

 ジェラールは平然とモニカを抱き寄せつつ、意味深に含みを込める。

「野暮だなあ。おれたちが何をしてるのか、わからないのかい?」

「な……」

 ブリジットは赤面し、おたおたとうろたえた。

「い、いやまさか、姫様に限ってそのようなこと……」

 なまじ信じてもらっているだけに、モニカも苦しい。しかし裸同然の恰好では、下手に動けず、彼女を遠ざけるほかなかった。

「ご、ごめんなさい……ブリジット。今夜のことは忘れてちょうだい」

「姫様? 一体、この男に何を吹き込まれたのです?」

「だっ大丈夫だから、来ないで!」

 敬愛すべきモニカ王女にぴしゃりと拒まれ、ブリジットは目を点にする。

「……ひ、姫様……」

「本当にごめんなさい。行きましょ、ラル」

「そうだね」

 半ば放心するブリジットを残し、ふたりは早足でその場を去った。ジェラールはすっかり機嫌をよくして、恋人との逢瀬に酔いしれる。

「やっと『ラル』と呼んでくれたね」

「さっきのは仕方なかったのよ。あの子を誤魔化したくて……」

 一方、モニカのほうは懲り懲りだった。星空を眺める分には悪くなかったものの、下着姿で歩かされ、ブリジットには誤解されて。

どうしてブリジットがあんなところに……まさか、アンナが手紙のことを?

 恋人のふりに徹したことで、墓穴を掘ったかもしれない。

「もっと愛を込めて呼んでごらんよ、モニカ」

「ふざけないで」

 とにかく今は早く服を着たかった。

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