第13話

 左の耳たぶを食まれ、モニカはびくっと身体を震わせる。

「ち、ちょっと?」

「静かに。さあ……おれの言うことを、よく聞くんだ」

 決して乱暴なものではなかった。あくまでモニカを驚かせる程度のもので、吐息だけを吹きかけてくる。その息に甘い囁きが紛れ込んだ。

「着てるんだろ? 見せてくれ」

「え……?」

 端的だがストレートな要求に、モニカはごくりと息を飲む。

 見せろ、というのは下着のことに違いなかった。夕方の手紙でも指示があったため、例のランジェリーを身に着けてはいる。

「そ、そんなこと言われても……あたしたちはそういう関係じゃ……」

「おれと約束したじゃないか。きみは『すべてを捧げる』とね」

 モニカの抵抗を意に介さず、ジェラールは手に力を込めた。モニカの華奢な身体を我が物同然に抱き寄せて、さらに唇を近づけてくる。

「言うことが聞けないなら、無理強いするまでだよ。王女」

「くぅ……卑怯なひとね」

 すべてはソール王国のため。モニカにできることは、暴君となりかねないジェラールの機嫌を取ることだけだった。ドレスの紐を緩め、おもむろに剥がしていく。

 本当にこれで……?

 彼を満足させられるだけの魅力があるのか、自分ではわからなかった。そもそも男性が女性の身体を求めることには、嫌悪感ばかりが強い。

 不愉快そうにジェラールは眉を顰めた。

「……悪い子だね、モニカは。それとも、おれを焦らしてるのかい?」

 ドレスの下にはキャミソール。この一枚が、かろうじてモニカの柔肌を覆っている。

「こ、これで限界なの。もう充分でしょ……?」

 ここから先は脱ぐに脱げず、全身を強張らせるほかなかった。

 愛しているわけでもないジェラールには、見せられない。我が身を差し出して国益を守れるほど、豪胆な女にはなれなかった。

「だめだね。脱ぐんだ」

 しかしジェラールは語気を強め、モニカを仰向かせる。

「次はないよ。きみが逆らうなら、明日はこの城にサジタリオの国旗が昇る」

 脅迫に容赦はなかった。本国からの要請もある以上、その気になったが最後、彼は即座に占領を実行に移すだろう。

「城下のみなが奴隷とされるのを見たいかい? ……まあ、きみはおれに奪われもせず、清らかな乙女でいられるんだけどね」

 ジェラールの言葉は巧みにモニカの恐怖を煽った。

 己の純潔をないがしろにされるより、民を蹂躙されるほうが耐えられない。その瀬戸際に立たされ、モニカは痛いほどに唇を噛む。

「……わ、わかったから。キャミを脱げば……いいんでしょ?」

 普段は意識せずにやっていることが、この時だけは困難でならなかった。キャミソールを脱ぐしても手が震え、肩や肘で紐を引っ掛けてしまう。

 それでもモニカはキャミソールを剥がし、うら若いスタイルを披露した。

「あ、あんまり見ないで……」

 猛烈な羞恥に駆られ、王女の顔も真っ赤に染まる。

 ジェラールは前のめりになって、モニカのセミヌードをしげしげと眺めた。それこそ舐めるような視線でボディラインをなぞり、胸の谷間まで覗き込む。

「よく似合ってるよ、モニカ。きみにはやっぱり白かピンクと思ったんだ」

 ブラジャーとショーツは純白を基調としつつ、ピンク色の紐で形を調えられていた。胸の下にはフリルを重ね、モニカの膨らみを際立たせている。

 ショーツは機能的とは言えず、生地が薄ければ、面積も心許なかった。せめてモニカは太腿を念入りに閉じ合わせて、彼の視線を拒む。

「……たまらないな。今夜のきみには、一国の命運を左右するだけの価値がある」

 やっとジェラールは脅迫を取りさげ、態度を軟化させた。先ほどの約束通り、モニカの身体へといたずらに触れることもしない。

「王国のために我が身を差し出す、健気な姫君……実にいいね」

「悪趣味だわ」

 モニカは両手で胸元を隠しつつ、足元のドレスを見下ろした。

「も、もういいかしら?」

「何を言ってるんだい、きみは。これからじゃないか」

 しかし左手をジェラールに取られ、隠すのが疎かになる。ジェラールはモニカを姿見の前に立たせて、モニカ自身にも悩ましい恰好を直視させた。

「おれが来る前はこうやって合わせてたんだろ?」

「や、やめてったら! 恥ずかしい……」

 鏡の中で王女は彼と自分、ふたり分の視線に耐えかねて身じろぐ。

 さらにジェラールは恐ろしいことを囁いた。

「それじゃあ、出掛けようか」

「……なっ?」

 すぐには言葉の意味がわからなくて、モニカは瞳を強張らせる。

 この恰好で部屋を出ろ――思いもよらない破廉恥な命令には、慄然とした。しかしジェラールは小憎らしく微笑むばかりで、撤回しない。

「いざって時は、おれのマントに隠れるといいさ。恋人のように……ね」

 怒りがふつふつと込みあげてきた。本当にモニカを奴隷のように考えているのか、傲岸不遜にいかがわしい要求を突きつけてくる。

「嫌とは言わせないよ。さあ」

「……え、ええ……」

 無論、反抗の余地は与えられなかった。今夜はジェラールを満足させるしかない。

 靴だけは履くことを許されたが、かえって余計に滑稽な恰好となってしまった。ジェラールに肩を抱かれつつ、モニカは下着だけのスタイルで部屋を出ることに。

 初夏とはいえ、夜の王宮は肌寒かった。

 こんなとこ誰かに見られたりしたら、あたし……。

 恐怖もあって肝が冷える。

 かくして一国の王女にあってはならない夜遊びが始まった。ジェラールはマントを羽織っているものの、モニカにはそれを掛けようとしない。

「どうだい? モニカ。自分の城をそんな恰好でうろつくのは」

「さ……最低に決まってるでしょ」

 モニカは頻繁に手の位置を変え、胸を隠しては、ショーツの手前を押さえた。

 ブラジャーもショーツもそう簡単にずれるものではない。しかし状況が状況だけに、急に外れはしないかと不安でならなかった。

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