第7話
ところが今朝になって、盗賊どもは帝国軍にあっさりと掃討されてしまった。
「こいつらのアジトなんぞ、ここから目と鼻の先だったぞ? ソールの騎士団とやらは腑抜けしかいないようだな」
「ぐっ……」
セリアスに不甲斐なさを嘲笑され、ブリジットが歯噛みする。
黒金旅団は巧妙にして狡猾に王国騎士団の裏をかき、暗躍してきた。だが、それを逮捕できず、盗賊行為を許してしまっていたのは事実。
しかも帝国にフォローされては、さしものブリジットといえ黙るほかなかった。
「モニカ王女。俺たちが入城しても構わんな?」
「……いいわ」
セリアスの率いる帝国軍が、とうとうソール王宮への入城を果たす。
すれ違いざま、黒金旅団の首領らしい女が足を止めた。
「あなたがお姫様? いいことを教えてあげるわ。……帝国に逆らうのはやめなさい」
「え? どうして、そんなこと……」
「軍の質が違いすぎるのよ。特にあの男は……化け物だわ」
黒金旅団のメンバーは懲りた様子で、まるで抵抗せず、とぼとぼと歩いていく。
名うての盗賊団にさえ『化け物』と称される用心棒、セリアス。その雇い主であるジェラールは満足そうに帝国軍の凱旋を眺めていた。
「我が帝国の兵でないのが惜しい逸材だよ。入隊を勧めてはいるんだけど」
作為的なものを感じずにはいられない。
モニカたちは昨夜、一週間は帝国の動向を探ることに決めたばかり。しかしジェラールは昨日の今日で次の行動に出て、軍の入城を果たしてしまった。
黒金旅団の規模や所在についても、あらかじめ掴んでいたに違いない。
ブリジットはその場で屈み、地面を殴りつけた。
「ふざけた真似を! 旅団のアジトは突き止めていた、作戦もあった! なのに……」
騎士団の面々は沈痛な面持ちで口を閉ざす。
盗賊団の掃討に及び腰だった人物こそ、シグムント団長なのだ。サジタリオ帝国が団長の彼に目をつけ、以前から根まわししていた可能性は高い。
会合の席にもジェラールは威風堂々と姿を見せた。
「あなたを呼んだ憶えはないわよ、ジェラール。退室してちょうだい」
「何を言ってるんだい? モニカ。おれはきみの力になりたいだけ、なのにさ」
追い返すには相手が悪すぎる。
「……こちらへどうぞ、ジェラール様」
「うん。ありがとう」
仕方なくクリムトは席を譲り、モニカの傍で控えにまわった。ジェラールは悠々と脚を組み、部外者にもかかわらず、ソール王国の会議を仕切り始める。
「おれの部下が先走ったようで、すまないね。でもまあ、昨日の件も含めて、王国騎士団の惰弱ぶりは証明されたんじゃないかな」
ブリジットが椅子を蹴るように立ちあがった。
「われわれを愚弄する気か!」
しかしジェラールの涼しげなポーカーフェイスは変わらない。
「愚弄も何も、ご覧の有様だろう? いつまでも古臭い試合形式に拘ってるから、実戦ではろくに成果を上げられないのさ」
サジタリオ帝国の第二王子として、彼は悪魔のような牙を剥きつつあった。
「おれの号令ひとつで、こんな城、いつでも占拠できる。……それが不服なら、きみらの流儀で勝負してやっても、いいんだが……」
「じ、上等だ! 表に――」
「挑発に乗らないで、ブリジット! ジェラール、あなたも弁えてちょうだい」
一触即発の緊迫感には誰もが息を飲んだ。
「……失礼した。レディーを相手に大人気なかったかな」
帝国の王子が素直に頭をさげたことで、ひとまず衝突は回避できる。ブリジットも煮えきらない様子だったが、抑えてくれた。
ジェラールが足を組み替える。
「さて……おれから提案があるんだが。王国騎士団の再編成を任せてはもらえないか」
「何を言い出すのよ、あなた? そんなことができるわけ……」
いきなり理不尽な要求を突きつけられ、モニカは顔を強張らせた。
国防の要である騎士団のありようは、ソール王国の独立維持に関わる。これを帝国の人間に好きにされるようでは、もはや国家の威信もない。
それがわかっているからこそ、ジェラールは撤回しなかった。
「もちろん騎士団の矜持は尊重するつもりさ。おれだってソールの騎士伝説には敬意を払いたいからね。でも、それと王国の防衛力を改善することは、別だろう?」
不満そうなブリジットを除いて、反対意見は出てこない。実際のところ、王国騎士団の近代的な強化を望む者は多かった。
「隣の国は戦争をやってるのに、城に大砲のひとつもないなんて、さ」
「……返事は待ってちょうだい。ソールの独立に関わることだもの、すぐには決められないってこと、あなたにもわかるでしょう?」
「ああ。じっくり話しあうといい。……話しあいになるならね」
一方的に言いたいことだけ言ってのけ、ジェラールは余裕綽々に席を外す。
「夕食は一緒にしてくれよ、モニカ」
「……ええ」
モニカたちは完全に後手にまわっていた。この調子ではジェラールにひっかきまわされるばかりで、臣下の間には動揺と疑心が蔓延するだろう。
「いかがいたしましょうか? モニカ様……」
「悠長に様子など見ていては、どんどんと手を打たれてしまいますぞ」
「そうね。彼さえどうにかできれば、いいんだけど」
すべてはジェラールの胸ひとつ。
奴隷になれ――モニカの脳裏にまたしても彼の言葉がよぎった。
☆
夕食のあとは王宮のテラスで一息つく。妹のセニアはジェラールのことが気に入ったようで、屈託のない笑みを振りまいていた。
「おやすみなさい、ジェラール。また帝国のお話、聞かせてね」
「うん。おやすみ」
ジェラールも十一歳のセニアには『お兄さん』を演じ、穏やかに微笑む。
セニアが去ってから、彼はモニカの肩に腕をまわしてきた。
「あの子に聞いたよ、ソールは夏が長いんだってね。そろそろ暑くなるのかな?」
「その通りよ。みんな、レガシー河に泳ぎにも行くわ」
絶対的な優位にある彼にとって、モニカの返事は決まったようなものらしい。その期待に応えるしかないのが、悔しかった。
「おれに話があるんだろう?」
「……ええ」
それでもソール王国のため。民のためなら、我が身を犠牲にすることも厭わない。それが国王代理として十七のモニカにできる、精一杯の『交渉』だった。
「本当にあたしがあなたにすべてを差し出せば、約束は守ってくれるんでしょうね?」
「帝国に神はいないが、誓うよ。きみがおれのものとなるなら」
ジェラールの手がモニカの胸元に差し掛かり、ドレスの紐を解きに掛かる。
「わからない、なんて言わせないよ? モニカ」
「……ま、まだよ。あなたの誠意を見せてもらってからに、決まってるじゃない」
このような交渉、一国の気高い姫君がするものではなかった。卑劣な罠に嵌められたも同然で、ジェラールのことが憎らしくてならない。
同時に――初めて『女』として扱われることに戸惑いもあった。
「すぐには抱かないさ。たっぷり楽しませてもらうぞ?」
熱い吐息が耳元に触れる。
「おれのモニカ」
「だ、誰が……調子に乗らないで」
ソール王国の第一王女と、サジタリオ帝国の第二王子。
縁談のうえではベストカップルであっても、モニカには我慢ならなかった。
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