第6話
翌朝、モニカは城の中庭でジェラールと出くわす。
「おはよう、モニカ。いい朝だね」
「……え、ええ」
ソール王国はひとまず彼を『大使』として迎え、離宮に部屋も用意した。しかし監視を置くことは断られ、好き放題にされている。
「昨夜は随分と遅くまで話しあってたようだね。結論は出たのかい?」
「あなたには関係のないことよ」
昨夜の会合が荒れたことは、ジェラールにも想像はつくはず。それをわざわざ素知らぬ顔で聞いてくるのが、小憎らしかった。
「そうだ。モニカ、あとで城下を案内してくれないか?」
「……あたしが?」
無視もできず、モニカはジェラールを見上げる。
「何しろ八年ぶりのソールだからね。子どもの頃は城でしか遊べなかったし」
「わかったわ。案内してあげるから、おとなしくしててちょうだい」
八年前はこうして彼を『見上げる』ことなどなかった。ジェラールは背も高くなり、放蕩者のようでも、どこか余裕めいた風格をまとっている。
そんな彼がずいっとにじり寄ってきた。
「今朝は淡泊じゃないか、モニカ。どうせなら昨日みたいに罵倒を浴びせて欲しいな」
「おかしな趣味をしてるのね。帝国のひとって、みんなそうなの?」
同じだけモニカはあとずさるものの、花壇に足を取られる。
「……返事は決まったのかな」
「な、なんのことかしら」
ジェラールははにかむと、モニカの手を取り、そこへキスを落とした。
「ほら、おれのものになりたくなってきただろ?」
「冗談じゃないわよ! だっ、誰があなたなんかに……」
慌ててモニカは手を引っ込め、ジェラールから花壇越しに距離を取る。それがジェラールの癇に障ってしまったらしい。
「へえ……言ってくれるね。おれ『なんか』に?」
「と、当然でしょ? 奴隷になれ、なんていうひとの相手なんか、するわけ……」
彼の顔が近づくにつれ、緊迫感で息が詰まりそうになった。
しかしジェラールは呆気なくモニカを解放し、大袈裟に肩を竦める。
「まあいいさ。反抗されるほうが面白いからね」
そこへ第二王女のセニアがとたとたと駆け寄ってきた。
「お姉様~!」
「セニア! 今朝は早いのね」
モニカにとっては大切な妹。まだ十一歳とはいえ、たおやかな立ち居振る舞いはプリンセスの気品に溢れている。
「ふぅん……この子がきみの妹かい?」
「そ、そうよ。……ちょっと、ジェラール!」
モニカの制止も聞かず、ジェラールはセニアの手にもキスを捧げた。しかし乱暴なことはなく、あくまで紳士然として、セニア王女と挨拶を交わす。
「初めまして、可憐なレディー。おれはサジタリオ帝国の第二王子、ジェラールだ」
セニアは恐れず、彼に純朴なまなざしを返した。
「あなたが? ……噂には聞いてるわ。カードゲームが得意なんでしょ」
「やれやれ。ソールじゃ、おれの評価はどうなってるんだ?」
ジェラールの気障な笑みも苦くなる。
「モニカと三人で今度、ダーツでもしようじゃないか。教えてあげるからさ」
「本当っ? 楽しみにしてるわ」
セニアがひと懐っこいこともあり、ふたりはあっさりと打ち解けてしまった。これでは頑なに拒絶を続けるモニカだけ孤立しかねない。
「きみからも姉さんに言ってやってくれ。おれをもてなすようにね」
「お姉様ったら、んもう……民の模範でいなさいって、いつも言ってるくせに」
「う。そ、それは……」
ぐうの音も出ずにまごついていると、ジェラールが呟いた。
「……そろそろか」
ほどなくして城門のほうが騒がしくなる。
「昨日の今日だぞ? 何がどうなってるんだ、一体!」
「と、とにかく団長……じゃない、ブリジット隊長をお呼びしろ!」
当直の騎士らは大急ぎで駆けていき、何かが起こったらしいことをモニカも悟った。
ジェラールの手が後ろから肩へとまわってくる。
「おれたちも行こうか。モニカ」
「あなた、まさか……」
モニカは焦燥感に駆られながら、妹のセニアを中庭に残し、彼とともに城門へ。
ソールは小国とはいえ、城は堅固な砦の機能を充分に有している。南向きの大門は左右のレバーを引かないと開かず、上には見張りの弓隊も控えていた。
それが昨日に続いて、今朝もがら空きになっている。
ソールの王国騎士団が再び道を空ける中、凱旋したのは帝国軍の一部隊だった。先頭にはセリアスが立ち、サジタリオの国旗を悠々と風に靡かせる。
ブリジットは駆けつけるや、声を荒らげた。
「これは何事だっ! 貴様らの入城は禁じたはずだぞ!」
「そうは言ってもな。牢獄は城のほかにないんだ」
荒れるブリジットを制しつつ、モニカはセリアスに騒動の理由を尋ねる。
「詳しく聞かせてちょうだい。確か、セリアス……だったわね」
「……やれやれ」
セリアスはしれっと隊列の後方へ親指を向けた。
帝国軍は二十人近い数の男を捕縛し、連行している。彼らのジャケットに施されているのは、悪名高い盗賊団の紋様だった。
「あなた、黒金旅団を捕まえてきたっていうの?」
「ああ。そんな名前だったか」
帝国からの流れ者がソール領内で徒党を組んだものが、黒金旅団。この数年、彼らは城下の近辺で旅人を襲っては、金品を強奪し、ソールの民を脅かしていた。
黒金旅団にはモニカたちも散々、悩まされている。
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