第5話
重臣らが勢揃いしたうえでの緊急会議は案の定、紛糾した。
反帝国派は徹底抗戦を掲げるも、すでに王国騎士団は降伏している。仮に万全の状態で国境を守備していたとしても、圧倒的な兵力の差はいかんともし難い。
穏健派は国力の消耗や権利の喪失を恐れ、慎重に徹しようとした。それを武闘派の面々が『臆病者、腰抜け』と罵倒するものだから、始末に負えない。
「こんな城下で帝国と戦えるものか! 民が巻き添えになるのだぞ!」
「おめおめと連中を城まで案内しおって、シグムントめ!」
「――いい加減にしなさいっ!」
たまらず、モニカは円卓に両手を叩きつけた。
「責任転嫁をしている場合じゃないでしょう? 今も帝国軍は城下に居座って、ソールの民が怯えてるのよ? それがわからないのなら、今すぐ出ていきなさい!」
さしもの老臣たちも王女の剣幕に肝を冷やしたのか、すごすごと引きさがる。
「申し訳ございません、モニカ様……」
「ですが、王国の置かれた状況は誠に厳しいものと存じます」
モニカとて、この危機には頭を悩ませていた。
自分は祖父のレオン王ほど聡明ではない。カリスマ性もたかが知れている。そのせいで王国をまとめきれず、貴族らは親帝国派・反帝国派などに分裂しつつある。
シグムント団長が秘密裏に家族を逃がしていたことも、皆に衝撃を与えていた。
「帝国は用意周到に計画を進めていたようですね」
今回のサジタリオ帝国による進軍は、タイミングもよすぎる。前々からソール王国の弱体化を待ち、虎視眈々と機会を窺っていたのだろう。
「では、陛下も帝国に……!」
「それはわかりませんわ。ただ、この状況下で言えるのは……」
沈痛な雰囲気の中、一同は口を噤む。あえて口を開いたのはモニカだった。
「スパイがいるのね」
「遺憾ながら……王国の内情は筒抜けなのやもしれませぬ」
帝国という脅威を前にして、モニカたちは疑心暗鬼に陥りそうになる。
補佐官のクリムトが起立し、背筋を正した。
「発言よろしいですか? モニカ様」
「いいわよ。聞かせて」
「はい。……とりあえず一週間ほど、様子を見てはいかがでしょうか」
モニカたちは今、少なからず動揺している。冷静さを欠いたうえで、この窮地を打破すべく焦っていた。この調子では次から次へと下手を打ってしまうリスクが大きい。
「われわれが慌てれば慌てるほど、帝国の思うつぼというわけか」
「ええ。それにジェラール王子の目的も、まだはっきりとはしていません。わざわざ背後のソール王国に手を出して、帝国にメリットがあるとは思えないんです」
サジタリオ帝国は現在、東方や南方の国々と交戦状態にあった。なのに西方のソールと関係を悪化させてしまっては、戦線の維持も難しくなる。
「いずれ、近隣の諸国にも反サジタリオの動きが出てくるでしょうし……かえってチャンスかもしれませんよ、これは」
「……どういうことだ? クリムト殿」
クリムトは眼鏡の合わせを押さえつつ、にやりと笑みを深めた。
「反帝国の気運が高まったところで、僕たちで先陣を切るんです。もしくは帝国が疲弊したところで、僕らが橋渡し役となるか……大事なのは『戦後』の立ち位置ですから」
ソール王国が存亡の危機に瀕しているのは事実。だがサジタリオ帝国にしても、いつまでも強硬的・強圧的な外交戦略を続けられるものではない。
仮に帝国が敗戦することになれば、大陸の情勢は一変するだろう。クリムトはまさにそれを見据え、ソール王国の取るべき選択を占っていた。
家臣らも次々と相槌を打つ。
「確かに……下手に恭順して、帝国と運命をともにすることもあるまい」
「しかしそれほどの猶予は……帝国軍は城の外にまで迫っている事態ですぞ」
武闘派の面々も『先陣を切る』という言葉の響きに納得した。
まとまりそうにはなかったが、ひとまず今夜のところは皆、クリムトの意見に声を揃えてくれる。今日より一週間は情報を集めながら、様子を見ることに。
助かったわ、クリムト。
おそらくクリムトは今夜の会議が紛糾するものと見て、上手い落としどころを用意していたのだろう。先送りに過ぎなくとも、猶予はできた。
「みんなも過激な発言や行動は慎むようにね。それじゃあ、解散」
家臣らに念を押し、モニカは席を立つ。
緊急の会合が長引いたせいで、すっかり入浴も遅くなってしまった。モニカの濡れた髪を、メイドのアンナがバスタオルで拭きながら、丁寧に梳いていく。
「セニアはもう寝たの?」
「はい。帝国軍には驚かれたご様子でしたが……」
このメイドとは歳も同じで、昔からの付き合いだった。身分の違いこそあれ、モニカは彼女のことをかけがえのない友達と思っている。
「姫様、帝国軍はいつまでこのソールにいるのですか?」
「……ごめんなさい。明日や明後日とは言えないのよ、今回の案件は」
そんなアンナや妹を早く安心させてやりたい。しかしモニカの力で追い返すには、サジタリオ帝国はあまりに大きすぎた。
クリムトは会合で『チャンス』と言ったものの、あれは口八丁の方便でしかない。今にサジタリオ帝国はソール王国を蹂躙し、民を奴隷とするだろう。
あたしがジェラールにすべてを差し出せば、王国のみんなは助かる、かも……?
モニカはかぶりを振って、浅はかな考えを遠ざける。
「……姫様?」
「あ、ごめんなさい。なんでもないから」
その夜はなかなか寝付けなかった。
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