第16話

 ソール王国の会議には案の定、ジェラールも同席した。わざわざ人数分の紅茶まで用意させ、話の腰を折ろうとする。

「堅苦しいのは苦手でね。きみたちもリラックスしたまえ」

「は、はあ……」

 サジタリオ帝国の王子を前にして、モニカたちがリラックスできるはずもなかった。ただ、クリムトだけは緊張も恐れもせず、ジェラールに調子を合わせる。

「会議は午後のほうがよかったかもしれませんね。朝一ではお菓子もありませんし」

「フランドール王国流のアフタヌーン・ティーだね。おれとしたことが……いやなに、こうも雨が続いては、気が滅入ってしまって」

「退屈されておいでのようで……さて、本題に入りましょうか」

 クリムトが機転を利かせたおかげで、気まずい空気が長引くことはなかった。

 依然としてジェラールは会合の場に居座り、タイミングを見計らったかのように無理難題を押しつけてくる。王国騎士団の再編成もこれで押しきられてしまった。

「騎士団へは新たに大砲を百門、明後日には帝国から届く見込みです」

 モニカの隣でブリジットが苛立つ。

「まだ増やすというのかっ? あんなものを!」

 それに対し、ジェラールは余裕を崩さなかった。平然と脚を組み替え、紅茶を煽る。

「当たり前じゃないか。従来の剣や槍だけで防衛が充分とでも? ソール王国に万が一のことがあったら、サジタリオ帝国の沽券にも関わるからね」

「ぬけぬけと、貴様……!」

「落ち着いてったら、ブリジット」

 彼女をどうどうと鎮めつつ、モニカは小声で釘を刺した。

(挑発に乗らないで。これが彼のやり方なの)

(で、ですが……)

(あなたの言いたいことはわかるわ。けど、今は堪えてちょうだい)

 主君のモニカ王女が耐えている以上、第一の臣下を自負するブリジットも、それに倣うほかなかった。以降は口を出さず、ただ悔しそうにこぶしを握り締める。

 ごめんなさい、ブリジット……。

 団長に就任したばかりの彼女には、若手の騎士からあつい信頼が寄せられていた。サジタリオ帝国の主導で再編成を余儀なくされるという屈辱的な現状を、ブリジット団長なら打破してくれる、と期待しているに違いない。

 だからこそブリジットは声をあげ、ジェラールの采配に異を唱えようとした。しかし騎士団の再編については、貴族らの間で徐々に歓迎の声が出始めている。

「城下の防衛だけでも、百や二百では足りますまい」

「そこはサジタリオ帝国と連携して……無論、ソールの独立あってのことですが」

 ジェラール王子という強い味方を得て、とりわけ親帝国派は勢いを増しつつあった。

 余所の軍隊に守ってもらって独立、ですって……?

 モニカはブリジットとともに堪え、私欲絡みの会合をやり過ごす。

 国王代理にしても騎士団長にしても、女性のうえに若すぎた。王国の貴族たちはジェラールの話に相槌を打つばかりで、すでに主導権は彼に掠め取られている。

 こうしてモニカとブリジットは信用を失い、一方でジェラールは発言力を強めるのも、時間の問題だった。ゆくゆくは『帝国に降る』ことも現実味を帯びるだろう。

 ジェラールが思い出したように関心を示す。

「そういえば……例の軍神ソールとやらはどうなんだい?」

 貴族らは一様に表情を硬くした。

「はて? 仰る意味がわかりませんな」

「だから軍神だよ。古代王と一戦交えたっていう、鎧の巨神のことさ」

 大臣が失礼にならない程度に笑い声をあげる。

「ハハハ! ジェラール殿は騎士伝説に興味がおありのようで」

「王国の象徴的な言い伝えを、こう言ってはなんですが……あれは眉唾物。軍神ソールなど本当は存在しないのです」

 俄かに空気が変わったのを、モニカ王女は肌で感じていた。今までになく貴族らは口を揃え、軍神ソールの伝説を否定したがる。

「じゃあ、軍神がつけたっていう南西区の傷跡は?」

「それに関しても地震の記録がございます。あれは単なる地割れなのですよ。ソール家の創始者がそれをご自身のご活躍と結びつけ、脚色なさったのでしょう」

「もしくは軍神も古代王も何らかの暗喩、でしょうなあ」

 ジェラールは拘るものの、騎士伝説は有耶無耶に流されてしまった。

 ……どういうことかしら?

 第一王女、そして国王代理という立場柄、貴族の嘘は直感で見抜ける。彼らはやり過ごせた気でいるようだが、モニカは胸の中で疑惑を膨らませていた。

 やがて会議は終わり、クリムトがまとめに入る。

「軍備の増強につきましては、このあたりで一段落としましょう。西方諸国への対応も急務ですし、国内で滞っている案件もまだまだありますので」

 ジェラールはいの一番に席を立つと、モニカとブリジットの間に割って入った。

「昼食は一緒してくれるんだろ? モニカ」

「……え? ええ」

 断るに断れず、モニカは彼の手を取る。

 そんな王子と王女の睦まじさに家臣たちは目を丸くして、ほうと頷いた。ブリジットは何か言いたげだったが、モニカに無言の視線を返され、押し黙る。

「紅茶のあとで食事だなんて……」

「きみは一口も飲んでないじゃないか。悪い子だ」

 ジェラールの手は遠慮なしにモニカの腰へとまわってきた。

 傍から見れば、恋人同士。サジタリオ帝国の王子とソール王国の王女なら、説得力もあり、目くじらを立てられることはなかった。

「外で食べたいけど、この雨じゃあね」

「庭の花壇が見える場所なら、あるわよ。ついてきて」

 モニカも家臣らの手前、ジェラールの恋人を演じるほかない。

 背中に視線を感じながら、ふたりは窓張りのテラスへ。急に昼食をここで取ることにしたため、メイドのアンナは少々おたおたとしていた。

「お待たせしてしまって申し訳ございません、モニカ様、ジェラール様」

「いいのよ。慌てないで」

 今日のお昼は焼き立てのパンに大きなソーセージを挟んだ、ホットドッグ。城下の屋台などでは定番のメニューで、モニカの要望もあって城のメニューに加わっていた。

 窓の外ではずっと雨が降っている。

「午後はまた政務室かい? モニカ。彼と……ええと、なんだっけ」

「クリムトのこと? そうよ。誰かさんのせいで仕事が終わらないんだもの」

 この雨の中、堤防まで視察に行くのかと思うと、気も滅入った。大好物のホットドッグも心なしか湿っているように感じられる。

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