第12話
「え? 部屋には入れてくれないのかい?」
「当たり前でしょ! 大体、このあたりは男子禁制なの」
城に戻り、ジェラールを追い返したところで、メイドのアンナから報告が入った。
「お帰りなさいませ、モニカ様。……先ほど、ジェラール様のお部屋を調査しまして。詳しくはこちらをご覧ください」
「危ないことさせて、ごめんね。アンナ」
ジェラールに振りまわされた甲斐はあったかもしれない。
アンナは彼の部屋で指令書やメモなどを発見したようだった。やはりサジタリオ帝国は再三に渡り、ジェラール王子にソール城の占領を催促している。
それに対し、ジェラールは『順調』と答えていた。
力任せの侵略行為はかえって反乱分子を刺激し、あとあとの窮地を招く。ここで事態が大きくなれば、帝国は後方のソール攻略のために兵力を割く羽目となり、東と南の戦線を維持できなくなるだろう。ソール王国には当面、現状の干渉で充分である。
――と、ジェラールのメモにあったらしい。
報告書に一通り目を通してから、モニカ王女は腕組みのポーズで思案に耽った。
「いかがなさいましたか?」
「ちょっとね。これ見よがしな気がして……」
王国騎士団を翻弄したうえで入城を果たしたジェラールは、決して馬鹿ではない。借りているだけの部屋に、こうも重要な機密を置き去りにするとは考えにくかった。
むしろモニカを焦らせるべく、揺さぶりを掛けている可能性があった。サジタリオ帝国がソール侵攻を目論んでいるとなっては、猶予もなくなる。
いずれにせよ、ジェラールに反抗するのは得策ではなかった。
「何がしたいのかしら。あのひと」
モニカは窓を開け、鬱屈とした空気を入れ替える。
「ところでモニカ様、そちらの包みは?」
「……はあ。下着よ」
「え? ジェラール様と城下に行ってらしたのでは?」
その誘惑的なデザインを目の当たりにして、さしものメイドも唖然とした。
☆
金曜日の夕方、モニカの部屋へと一通の手紙が届けられた。ジェラールからのもので、憚ることなく『今夜』についての注文が綴られている。
手紙の内容にはメイドのアンナも薄々勘付いているようだった。
「モニカ様、あの……ジェラール様はなんと?」
「気にしないで。大したことじゃないの」
モニカは手紙を引き出しに仕舞い込んで、顔を顰める。
どこまでも好きにして……。
だがジェラールの要望に応じなくては、ソール王国に未来はなかった。自分が身体を張らなくては、妹のセニアまで狙われかねない。
「今日はもうあがってちょうだい、アンナ。あたしももう寝るから」
「了解しました。失礼致します」
メイドを帰してひとりになるや、寒気がした。これが恋人との逢瀬ならまだしも、今夜の相手は興味本位でしかないのだから。
さすがに王子だもの、ジェラールだって無茶はしないわよね?
でも……無理やり押し倒されたりなんかしたら……。
安心するための言い訳を求めては、それ以上の不安に駆られた。モニカは彼にもらった下着を身に着けながらも、鏡を直視できず、キャミソールを手繰り寄せる。
これを重ねたって、命令に逆らったことにはならないわよね。
やがて夜の九時を過ぎ、ソールの王城も静まり返った。宮仕えの使用人たちは宿舎へと引きあげ、見まわりの兵だけとなる。
モニカとセニアの私室の前では、ブリジットの部下である女性騎士らが張っていた。今はサジタリオ帝国と緊張状態にあるため、城内の警備に余念がない。
モニカは後ろ髪を引かれつつ、監視の目を遠ざけておく。
「今夜はもういいわ。さがってちょうだい」
「……承知しました」
さがらせたところで、彼女らはこの近くで警戒を続けるだろう。ジェラールには上手くかわしてもらうしかない。
約束の時刻は九時半。さらに十分ほど遅れて、ようやくジェラールが現れた。
「ごめん、ごめん。待たせたね、モニカ」
「い、いいえ……早く入って」
人気がないうちにモニカは彼を部屋へと招き入れ、扉を閉ざす。
ジェラールは感心気味にモニカ王女のプライベートルームを見渡した。
「ここがきみの部屋かぁ」
王女の私室にしては平凡な造りかもしれない。花柄のカーテンに凝ったのはアンナの趣味であって、アンティークも少なかった。
せいぜいドレッサーに化粧品が一通り揃っている程度。
ただベッドの傍にある、愛らしいウサギのヌイグルミが目を引く。妹のセニアとともにモニカも受け取る羽目になった、ある筋からのプレゼントだった。
そのウサギに見られているような錯覚がして、モニカはヌイグルミを後ろに向ける。
「ア、アイスティーでいいかしら?」
「ああ。きみに淹れてもらえるなんて、嬉しいね」
ジェラールは客人用の椅子ではなくベッドへと腰掛けた。余裕たっぷりにレモンティーを味わい、グラスを少し遠いテーブルへ戻す。
「きみも座ったら?」
「……ええ」
緊張しつつ、モニカも同じベッドで腰を降ろした。
まさか『いきなり』なんてこと……。
彼の指示通りに新しい下着を着けているだけに、不安が募る。
そちらの方面には疎いモニカでも、ジェラールの今夜の目的はわかっていた。もとより彼はモニカを自分のものとすることに固執し、いよいよ決行したまで。
彼が望むなら、モニカは純潔さえ捧げなくてはならない。
「そう怖がらないでくれないか、モニカ。今夜はまだ手を出したりしないさ」
「……本当に?」
ようやくモニカは顔をあげ、彼と目を合わせた。
「誓うとも。だから、もっとこっちにおいで」
今夜は『まだ』という言葉には、男性なりの躊躇も感じられる。
胸の中に溜まったものを吐き出して、モニカはおずおずとジェラールの傍に寄った。それを待ちかねていたように、彼の手が腰へとまわってくる。
「じゃあ、そろそろ楽しませてもらおうか」
「え? 今夜は何もしないって……」
「どうかな? おれは男で、きみは女なんだ。夜にふたりで会えば、こうなる」
不意にジェラールの顔が迫ってきて、モニカの顔とすれ違った。
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