第43話

 激務に追われるうち、半年が過ぎた。ソール王国にも冬が来て、今日はちらちらと雪が降っている。サジタリオ帝国のほうはもっと冷え込んでいるらしい。

 その寒さにめげず、モニカはいそいそと出迎えの準備に取り掛かっていた。

「お爺様も今日は早めに切りあげてね。大事な日なんだから」

「わかっておる。夕食はみなで一緒にな」

レオン王の帰還によって、ソール王国は一国家としての地位を取り戻しつつある。これまで王国を軽んじていた近隣の国々も、レオン王の威光は尊重するほかなかった。

そんな祖父のもとでモニカ王女は勉強の日々。早ければ、来年には正式に『女王』に就任することが決まり、その体制も整ってきている。

奇しくも、サジタリオ帝国でも女性元首が誕生したばかりだった。

戦場で一度たりとも指揮を執らなかったジェラールは、無血の後継者として次期皇帝の候補に挙がったという。逆に兄のヴィクトールは軍を率いて、八面六臂の活躍をしたことから、やはり順当な世継ぎとして期待された。

 しかしジェラールは帝位を辞退し、ヴィクトールも軍人気質の自分では近隣諸国を刺激しかねないと、これを拒否。

 戦後のイメージアップも兼ねて、姉が帝国初の『女帝』となった。サジタリオ帝国は戦争の事後処理に当たるとともに、和平路線に舵を取っている。

 城の廊下でふとクリムトとすれ違った。

「お急ぎください、モニカ様。先ほど到着されましたよ」

「もう来てるのっ? まだ髪も調えてないのに……」

 今後もモニカ王女の補佐官として、彼には大きな期待が寄せられている。国王不在の一年を切り抜けることができたのは、クリムトの臨機応変な対応のおかげでもあった。

 モニカはクリムトと別れ、私室へと飛び込む。

 メイドのアンナは準備万端の構えで待ってくれていた。

「こちらへどうぞ、モニカ様」

「お願いね!」

 彼女に髪を梳いてもらいながら、モニカはドレッサーの鏡とにらめっこする。

「もっと大人っぽいドレスのほうがいいかしら?」

「半年前と違いすぎましても、ジェラール様が困惑されるものと思います」

 心なしか、今日はアンナのメイドスタイルにも気合が入っていた。自分よりも彼好みの女性かもしれず、モニカは本能で危機を感じる。

 アンナったら、ラルにはあんな目に遭わされたっていうのに……。

 そうしてドレスアップを終えたら、アンナと一緒に城門へ。

「遅いわよ、お姉様!」

「ごめんなさい。支度に手間取っちゃって……」

 サジタリオ帝国の一団はすでに到着し、こちらは騎士団が迎えに出ていた。ところが騎士団長のブリジットは見目麗しいドレス姿で、モニカの危機感をさらに煽る。

「……ねえ、ブリジット? いつもの騎士服はどうしたのよ」

「えっ? い、いえ、これは……ジェラール様に失礼がないように、と……」

「ジェラール『様』ねえ」

 半年ぶりの再会に胸を躍らせていたはずが、不安になってきた。

 アンナもブリジットもモニカの巻き添えを食らい、ジェラールの毒牙に掛かったことがある。ふたりのスタイルのよさには彼も釘づけになっていた。

 最後の馬車からジェラールが降りてきて、アンナは一際声を弾ませる。

「モニカ様! ラル様がいらっしゃいましたよ!」

「ち、ちょっと? あなたまで……」

 こうなっては、いの一番に彼に抱きつきでもして、アピールするしかなかった。モニカは緊張しながらもジェラールのもとへ駆け寄り、両手を広げる。

「おかえりなさい! ラ――」

「モニカ! ただい……」

 そのつもりが、脇から先を越されてしまった。姉のモニカを差し置いて、妹のセニアが大喜びでジェラールの胸へと飛び込む。

「ジェラール! 久しぶりね、元気だった?」

「あ、ああ。少し背が伸びたみたいだね」

「わかるぅ? バレエの練習だって、ずっとやってるんだもん。そうそう、お母様もジェラールに会いたがってるんだから。早く早くっ!」

 いたいけなセニアを無下にできず、ジェラールはあれよあれよと連れていかれてしまった。モニカたちは挨拶のひとつもできず、唖然と立ち竦む。

「……せっかくドレスでおめかしした甲斐もありませんでしたね、ブリジット様」

「おぉ、お前こそ! いつもの給仕服はもっとフリルが少ないじゃないか」

 ライバル同士で火花を散らしても、こうなっては虚しかった。

「ラルはあたしのなんだってば……」

 それもこれも彼が悪い。

 婿入りに来た分際で、側室などと言い出そうものなら、張り倒す。モニカ王女、十八歳にして闘志に燃えあがるほどの決意だった。










 ご愛読ありがとうございました。

 セリアスの物語は『忘却のタリスマン』(連載中)へと続きます。


 ティーンズラブ第2弾

 『Slave to Passion ~妹たちは愛に濡れて~』は、

 また後日の連載となる予定です。

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