第42話
レオン王の帰還の一報は、その日のうちに王国じゅうに広まった。
これでソール王国は元首を取り戻し、国家としての体裁を保てたこととなる。だが、大臣の大半が例の事件に関わっていたため、王国の中枢部は瓦解してしまった。
高齢の国王のもと、ソール王国は一からやりなおさなくてはならない。
同じくして、サジタリオ帝国も転換期を迎えつつあった。五年にも及ぶ戦争に敗れ、敗戦国となったのである。
東・南の連合軍がゴッツォの要塞を陥落させたことで、帝国貴族らは慌てて休戦を申し入れるも、連合の勢いは止まらず。帝国は降伏を受け入れることとなった。
妹のセニアは万が一のため、ソール王国の国境付近まで逃れていたらしい。当然それはジェラールの計らいだった。
ジェラールは戦後処理のため、帝国へ帰ることに。
その朝、モニカたちは彼らを見送るべく、城門のもとに集まった。
律儀なブリジットが深々と頭をさげる。
「貴公には色々と迷惑を掛けたな。虫のいい話とは思うが、本当にすまなかった」
「構わないさ。おれがいない間、モニカのことをよろしく頼むよ。きみはほかの誰よりも信頼できる騎士だからね」
一方、メイドのアンナはにこやかに微笑んだ。
「ジェラール様は皇位をお継ぎになるのですか? でしたら、モニカ様もいずれは帝国へ……その時は是非、わたくしもご一緒させてください」
「気が早いなあ、きみは。おれは皇帝になるつもりはないよ」
現在のサジタリオ皇帝(ジェラールの父)は長きに渡る戦争の責任を取るべく、帝位を退く。そのため、次男のジェラールも次期皇帝の候補に挙がった。
「兄貴でも姉貴でも、好きなほうがやればいいのさ。末っ子のおれが名乗りをあげたら、また戦争になるかもしれないし」
「お兄さんたちも大変でしょうね……」
帝位を継がないにしても、彼には果たさなければならない義務が山とある。
ジェラールはモニカを抱き寄せ、囁いた。
「目処がついたら帰ってくるよ。きみのいるソールに」
「……待ってるわ」
プロポーズも今はお預け。名残惜しくもモニカは彼と離れる。
そして今朝はセリアスも発つことになった。軍神ソールは姿を消したものの、聖なる鎧として城に残り、新たな所有者の命令を待っている。
「あなたとはこれでお別れなのね。セリアス」
「ああ」
呪われた地下迷宮を突破し、軍神ソールを目覚めさせた、凄腕の剣士。とうとう彼は古代王まで打倒し、ついでにレオン王とソール王国を救ってしまった。
祖父からは騎士団への加入を熱望されたはず。
しかしセリアスは仕官を断り、ジェラールとの契約も更新することはなかった。
「……まだまだソールは大変な時期だもの。あなたのようなひとがいてくれれば、お爺様も心強いとは思うのだけど……」
「俺は戦うことしかできんさ。国造りはできない」
ブリジットが歩み出て、セリアスに握手を求める。
「通りすがりの用心棒に国王陛下まで助けられてしまったのだから、情けない話だ。私は騎士の矜持に固執するばかりで……本当に大事なものは何も見えてなかった」
「運がよかっただけさ、俺は」
彼は握手に応じ、仏頂面なりに表情を緩めた。
「元気でな。モニカ姫、ジェラール」
「あなたもね」
荷物も少ない剣士は、その足で早朝の城下へと消えていく。
それを見送りながらジェラールが呟いた。
「欲のないやつだ。次は『フランドールの大穴』に挑むそうだが……」
「また立ち寄ってくれるかしら? ソールへ」
「それまでに国を立て直しておかないとね。もちろん、帝国も」
ソール王国は新しい朝とともに新しい時代を迎えつつある。国難は続くだろうが、サジタリオ帝国と手を取りあい、乗り越えなくてはならない。
「そろそろおれも行くよ」
「国境までは私も行くぞ。セニア様をお迎えしなくては」
「ふふっ。頼んだわよ、ブリジット」
ジェラールは馬車に乗り、騎士団とともにサジタリオ帝国へ出発した。
メイドのアンナがモニカ王女に微笑みかける。
「寂しいですか? モニカ様」
「どうかしら……寂しがる暇なんて、ないんじゃない? 忙しくなりそうだもの」
予想の通り、モニカは王女として多忙な日々を送ることに。恋人に想いを馳せることも少なくなり、あの夜の愛も、いつからか疑わしくなるのだった。
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