第41話

 翌朝、モニカとジェラールは不意の振動で目を覚ました。

「きゃっ! じ、地震?」

「いや、これは……何が起こってるんだ?」

 城下も大騒ぎになっている。

 教会の外に出て、モニカたちは驚愕した。壮麗にして巨大な鎧騎士が、城下の大通りを闊歩し、城へと迫りつつあったのだ。その雄々しさにひとびとは驚嘆する。

「軍神だ……軍神ソールが復活したぞ!」

「帝国軍をやっつけてくれるのね! でも、どうしてお城へ……」

 優に十三、四メートルはあるだろう。

 モニカはジェラールと頷きを交わし、ともに駆け出した。

「あっちで馬車を借りましょ! 急がなくっちゃ」

「ああ! こいつはひょっとすると……」

 馬車に乗せてもらい、軍神のあとを追いかける。

やがて軍神ソールは城へと辿り着いた。騎士団や貴族の面々は城門の前に集まり、軍神ソールの神々しい姿を畏怖している。

 勇猛果敢なブリジットさえそれを前にして、足を震わせた。

「なんという大きさだ……お、お前は本当に我らが守護神、ソールなのか?」

 そこへモニカとジェラールが駆けつけ、騎士団に驚きの波が走る。

「ジェラール! 地下牢から消えたと思えば、姫様と?」

「それどころじゃないでしょ! あれは……?」

 血気盛んな騎士たちを制しつつ、今一度モニカ王女は軍神ソールを見上げた。

 胸部の装甲がスライドし、そこから意外な人物が『ふたり』も出てくる。

「大した歓迎ぶりだな」

 ひとりめは剣士のセリアス。彼は髭も剃らず、軍神ソールと同じ青い鎧を身にまとっていた。どういうわけか軍神に『搭乗』していたらしい。

 そして、もうひとりの懐かしい姿にモニカは驚愕の声をあげる。

「おっ、おぉ……お爺様っ?」

 レオン=ソール=ウェズムング。モニカの祖父にして、ソール王国の正当なる国家元首が、およそ一年ぶりに姿を現したのだから。

「久しぶりじゃのう、モニカよ。……隣におるのは帝国のジェラール王子か?」

「ご無沙汰しております、陛下。これは一体……?」

 セリアスの肩を借りながらも、レオン王は持ち前の崇高さを堅持していた。

「わしはずっと地下迷宮の上に監禁されておったんじゃよ。まさか助けが下から来るとはのぉ。面白い剣士がおったものじゃ」

 モニカは目を点にして、問題の剣士に尋ねる。

「迷宮? セリアス……あなた、どこで何をしてたのよ」

「王国の地下迷宮とやらに落とされて、彷徨ってたんだ。何の因果か、そこでこんなものを見つけてな。古代王も片付けておいたぞ」

 セリアスは淡々と言ってのけるも、城門の前ではどよめきが広がった。

「軍神ソールを蘇らせて、古代王を倒したあっ? 誰か、わかるように説明してくれ」

「待て、待て! どっちも封印されていたんじゃないのか?」

 大臣らは真っ青な顔で口元を引き攣らせる。

「こ、これはこれは……どんな手品を使ったのやら」

「軍神ソールが復活したなどと……この巨人も何かの間違いでしょうに」

 レオン王にばかり目が行って、モニカも彼らの挙動不審には今、初めて気がついた。

 頭上で祖父が怒号を張りあげる。

「ふざけるでないわ、逆賊どもめっ!」

「ヒイイッ!」

 そう怒鳴られただけで、大臣たちは一様に腰を抜かしてしまった。モニカやブリジットは唖然としつつ、レオン=ソール=ウェズムングの言葉に耳を傾ける。

「軍神ソールは大きすぎる力を持つゆえ、古代王とともに封印されておった。だが、そやつらは軍神欲しさにわしの息子を口車に乗せ、封印の一部を解こうとした。……結果、息子は古代王に血を貪り尽くされ、殺されてしもうたのじゃ」

 軍神ソールとともに古代王もまた、王家の血を糧として蘇るとされていた。ソール家には恨みを抱いているはずで、モニカの父は復讐の憂き目に遭ったのだろう。

「じゃあ、古代王はすでに復活して……?」

「左様。しかしそやつらは事件の発覚を恐れ、息子の死の真相を隠しておきながら、わしに封印の強化を求めてきおった。無論、そう易々と騙されるわしではなかったがの」

 大臣たちは秘密裏に事態の収拾を図るべく暗躍した。それをレオン王に見抜かれたために、王の幽閉に至った。

「幽閉されてしまったわしは、この血で密かに軍神を呼び、待っておったのだ。誰かが軍神ソールに乗る資格を得るのを、な」

 モニカの命が狙われたのは、軍神をジェラールに渡すまいとする策謀だったらしい。しかし軍神はレオン王の血によって起動し、セリアスを迎えた。

 当事者の口からそこまで暴露されようと、大臣どもは認めようとしない。

「陛下を幽閉などとは聞き捨てなりませんな。わ、私が必ずや犯人を締めあげ……」

 それをセリアスが鼻で笑った。

「その必要はなさそうだぞ」

 いつぞやの忍者がどこからともなく現れ、書類の束を見せびらかす。

「……………」

「貴様らが隠蔽工作で結託したという証拠は、そいつが揃えてくれた。知られすぎたからと、その男を切り捨てたのは間違いだったな」

「おとなしく投降なさいませっ!」

 往生際の悪い大臣らに剣を向け、取り囲んだのは、意外にも城のメイドたちだった。モニカの母がこのチャンスに乗じ、包囲網を指揮してくれたのだろう。

 ついに大臣たちは諦め、愕然とした顔で膝をついた。

「わ、われわれはソールのために……」

「事故死……いいや、殺人を隠し通そうとするような連中が、王国のためだと? 笑わせるでない。貴様らの罪は今後の裁判で徹底的に糾弾してやろうて」

 軍神ソールのてのひらに乗って、セリアスとレオン王がゆっくりと降りてくる。

「そもそも軍神は人間同士の戦争には関与せん。王国を守ることはしても、おぬしらの望み通りに動きはせんのだ。何よりこれを動かせるのは、この剣士だけ」

「古代王も倒したんだ。こいつはお払い箱でいいじゃないか」

 まさかの成り行きにはモニカもジェラールも呆然としていた。通りすがりの用心棒に手柄をかっさらわれては、ぐうの音も出ない。

 それ以上にブリジットは痛恨の極みといった顔つきだった。

「なんということだ……では、私はいいように騙され、ジェラールに罪を……」

 そんなブリジットの肩にレオン王が手を添える。

「おぬしはまだ若い。今回の件はよい教訓となったじゃろう。今後も王国のため、そして我が孫モニカのために働いてくれぬか」

「……あ、ありがたきお言葉!」

 ブリジットとともに後ろの騎士らも一斉に跪いた。一年ぶりの国王の威厳を前にして、涙さえ流す者までいる。

 これではモニカが泣きじゃくるわけにもいかなかった。

「お爺様ったら、本当によくご無事で……びっくりしちゃったわ」

「セリアスに聞いたぞ。お前には苦労を掛けてしもうたようで、すまぬ」

「苦労だなんて、そんなこと……」

 それでも話すうち、涙が滲む。

 国王代理に就いたものの、自分の力では及ばなかった。皆の期待に応えられなかった。それを幾度となく痛感しながらも、皆の手前、気丈に振る舞っていたのだから。

「今くらいは陛下に甘えるといいさ、モニカ」

「……うん!」

 ジェラールにも背中を押され、モニカは大好きな祖父に抱きつく。

「おかえりなさい、お爺様!」

「ただいま。しばらく見ぬうちに綺麗になったの」

 綺麗に――それはきっと彼のせい。

 昨夜の情事を知られたら、怒られるに違いなかった。

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