第24話
「お許しを! モニカ様、どうか私に騎士として名誉ある最期を!」
「水着を着たくらいで、死ぬわけないでしょ?」
「モニカ様の仰る通りです。あ、サンダルも欲しいですね」
水着の売り場は毎年のように繁盛しており、ほかの客も多い。とりあえずモニカはブリジットを試着室へと放り込んでから、この夏の新作を見てまわった。
アンナがおずおずと尋ねてくる。
「あの、モニカ様……今度の旅行にはジェラール様もお誘いになったのですか?」
「……ええ」
「じゃあ、やはりジェラール様のご要望で……」
このメイドは昔から控えめにしては賢かった。モニカ王女の立場をよく理解し、献身的なほどに尽くしてくれる。
そんな彼女が小粋なガッツポーズを弾ませた。
「で、でしたら、わたくしも微力ながら協力致しますので!」
「……え? 何を?」
「おひとりでご無理なさらないでください。あの、わたくしも頑張りますから」
とにもかくにも今日はショッピングのおかげで、彼女との関係も多少は修復に向かったらしい。モニカとアンナはそれぞれ水着を選び、ブリジットに着せて遊ぶ。
「うーん……赤のほうがいいかしら?」
「ブリジット様ほどのスタイルなら、思いきって金色なども……」
「だから色でなくっ! せめて上下が分かれてないのを、持ってきてください!」
さしもの騎士団長も顔を真っ赤にした。
☆
レガシー河は昔からソール王国にとって重要な水源となっている。
原始の文明も大河の流域で興ったように、ソール王国もレガシー河の恩恵を受け、繁栄した。今でこそサジタリオ帝国に押され気味だが、昔は東にも伸びていたという。
ただ、当時の領土拡大において『軍神ソール』の記述は見当たらなかった。軍神ソールはあくまで古代王の封印に尽力したのみ、とされている。
そんな伝説の信憑性も、絶景を眺めるうち、どうでもよくなってきた。
「綺麗ですね! モニカ様」
「ええ! 本当に来てよかったわ」
海原をも彷彿とさせる瑠璃色の水面が、無限に揺らめくとともに輝きを放つ。快晴にも恵まれ、向こう岸まではっきりと見渡せた。
河岸の一角はソール家の私有地となっており、白い砂が敷き詰められている。見た目には浜も同然で、潮の香りがなくとも、プライベートビーチと洒落込むには充分だった。
美しい河を眺め、ジェラールもほうと感心する。
「羨ましいよ。帝国じゃ、こんなふうに泳げることもないからさ」
「で、でしょ?」
表向きは彼を歓迎こそすれ、モニカは構えずにいられなかった。ジェラールにはこれまでに二度も辱めを受け、親友のアンナまで巻き添えを食わされたのだから。
にもかかわらず、今回はモニカのほうから彼を『誘って』いた。今夜は言葉通りに身を尽くし、奉仕することになるかもしれない。
「……どうかしたのかい? モニカ」
「な、なんでもないわ」
ジェラールは悠々と笑みを浮かべ、モニカは恥ずかしさに顔を背けた。
二階建ての別邸は小高い丘の上にある。
「それじゃあ、着替えて集合ね。行くわよ、ブリジット」
「あ、あれを着るんですか?」
今回の面子はモニカとアンナ、ブリジット。男子はジェラールとセリアスだが、セリアスは興味がない様子で、着替えようともしなかった。
「俺はこのあたりを探ってくる。ひとりで遠くに行くなよ、モニカ王女」
「心配しないで。別邸の前で遊ぶから」
レジャーとはいえ、モニカも心得てはいる。
敵はレオン王を拉致し、十中八九、軍神ソールの復活を目論んでいた。ジェラールの手前、軍神を眉唾物と否定したのも、帝国の干渉を警戒してのことだろう。
そんな中でモニカ王女が暢気に夏を満喫していれば、行動に出る者も現れるかもしれない。それこそが、好機を待つほかないモニカの狙いでもあった。
例の件、ブリジットにも話しておいたほうがよさそうね。
着替えを済ませて、モニカは先に砂浜へ。あとからアンナが往生際の悪いブリジットを引っ張ってくる。
「わ、私は見張りを……許してくれないか、アンナ」
「だめです。お待たせしました、モニカ様」
パラソルやサマーベッドはすでに用意が整っていた。そこでは王女のモニカにも先んじて、帝国王子のジェラールが気ままに寛いでいる。
「やあ、モニカ」
「早いわね。あらかじめ水着を着てたんじゃないの? あなた」
「まさか。男は支度に手間取らないってだけさ」
確かに上から下まで水着を合わせなくてはならない女性と違い、男性は身軽なものだった。ジェラールの水着はキュロットのようなパンツを紐で括ってあるだけ。
細身なりに胸筋はしっかり発達しており、上腕の力こぶも逞しい。
モニカたちを一瞥し、ジェラールは満足そうに微笑んだ。
「綺麗どころと一緒に水遊びだなんて、おれは幸せ者だよ。ソールに来て正解だった」
その視線が真っ先にブリジットを捉え、ボディラインを無遠慮に舐め降ろす。
「どど、どこを見ているっ?」
すかさずブリジットは胸をかき抱くも、かえって恥じらいの仕草を強調してしまった。騎士然とした普段とのギャップが、男心を巧みに刺激するらしい。
しかも青のビキニはブリジットの魅力を蠱惑的なまでに際立たせていた。豊乳が挑発でもするように谷間を寄せて、彼の視線を釘付けにする。
「……いいね。騎士なのがもったいないくらいだよ、きみは」
「ぐ、愚弄するつもりか? 貴様……」
ショーツのほうはサイドをリボンで結んであるだけで、生地の面積は一般的な下着よりも小さかった。肉付きのよいお尻が窮屈そうに食み出し、太腿を引き締める。おかげでブリジットはすっかり赤面し、胸と股座から手を剥がせずにいた。
「もっと自信を持ってください。ブリジット様はお美しいんですから」
その隣でアンナも歩み出て、夏の日差しを浴びる。
彼女もブリジットに負けず劣らず、魅惑のプロポーションを橙色のビキニで引き立てていた。麦わら帽子が可憐な装いとなって、水着姿にもたおやかさを感じさせる。
「お前はずるいじゃないか! こんなもので誤魔化してっ!」
「そういうつもりでは……」
ミニのパレオも爽やかに決まっていた。その隙間からちらりと健康的な太腿を覗かせるのが、無自覚にしても心にくい。
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