第28話

 善戦したものの、終盤はジェラール&アンナにリードを許す形となってしまった。マッチポイントを奪われ、ジェラールたちの勝利が決まる。

 自信満々だっただけにブリジットは納得せず、癇癪を起こした。

「こんなはずでは……も、もう一回だ!」

「待ちなよ。おれやきみはともかく、パートナーはへとへとなんだからさ」

 しかし再戦しようにも、モニカとアンナは疲れ果て、まともに立っていられない。正直なところ、ジェラールの言葉には救われた。

「それに……騎士に二言があっていいのかな? 団長殿」

「うぐ。き、貴様……」

 一転してブリジットは窮地に追い込まれ、口元を引き攣らせる。

 そもそも試合を『賭け』に使ったのは彼女のほう。モニカ王女からジェラールを遠ざけるつもりで、今回の勝負を吹っかけた。ところが勝ったのはジェラールであって。

「あぁ、そうか。こっちが勝ったんだから、おれがきみに命令できるわけだ」

「な、なんだと?」

 ジェラールに意地悪な笑みを向けられ、さしものブリジットも青ざめた。とはいえ、彼は命令をくださず、パートナーに労いの言葉を掛ける。

「約束は約束だからねえ。まあいいさ。その権限はアンナ、きみにあげよう。この勝利はきみの頑張りによるところが大きいからね」

「わたくしが、ですか?」

「ああ。今のブリジットなら、きみの命令を何でも聞いてくれるぞ」

 メイドのアンナは思案顔で空を見上げ、呟いた。

「……でしたら、とっておきの水着の用意がございますので、ブリジット様にお召しになっていただくというのは……」

 勇猛果敢なはずのブリジットが悲鳴をあげる。

「アンナッ? おお、お前というやつは」

「いいわね! 女の子らしいとこ、見せてもらおうじゃないの」

「ひ、姫様までっ?」

主君のモニカ王女も便乗したため、騎士団長に逃げ場はなくなった。頭を垂れながら、アンナに別邸へと連行されていく。

二十分ほどして、装いも新たにブリジット嬢が戻ってきた。

「お待たせしました! ほら、ブリジット様」

「おおっ、押すな! わかったから……」

 清楚可憐な騎士団長の姿には、同性のモニカでさえ目を見張る。

「よく似合ってるわよ。ブリジット」

「あ、あんまり見ないでください、姫様……」

 気丈なブリジットが恥ずかしそうに我が身をかき抱くからこそ、悩ましい。

 さっきの黒のビキニに比べれば、露出は相当に抑えられていた。純白のフリルが花のように咲き乱れ、豊満なプロポーションをたおやかに彩っている。

 お望み通りのパレオは丈が長く、左足はほとんど隠れてしまっていた。だが、下手に肌を見せるよりは濃厚な色気をまとい、本人もそれを自覚しているらしい。

「これでは……動きにくいではないか」

「恥ずかしがることありませんよ、ブリジット様。うふふっ!」

 優秀なメイドはブリジットの扱い方にも慣れていた。この調子ではブリジットも再戦に固執できず、小さくなるほかない。

「騎士団長殿には堅苦しい騎士服より、ドレスのほうが似合うんじゃないかい?」

「き、貴様……どこまでもわたしを愚弄しおって……」

 ジェラールのまなざしは穏やかにブリジットを、そしてアンナを見詰める。

「アンナ、きみもどんどん前に出るべきだよ。器量よしなんだからさ」

「いえ、わたくしなど……単なるメイドでございますので」

 ちくりと胸に痛みが走った。モニカの水着姿に『たまらない』と言っておきながら、彼はブリジットやアンナにも目を奪われている。

 あたしだけじゃないの? あなたを喜ばせられるのは……。

 自分でも信じられないような疑惑が、モニカの心を支配しつつあった。


                  ☆


 夕暮れには別邸に戻り、昼間のバーベキューにもひけを取らないディナーを楽しむ。

 ソール王国は海岸に面していないため、海鮮には恵まれなかった。それでもレガシー河では多彩な河魚が獲れ、調理にも趣向が凝らされる。

甘露煮や白ワイン蒸しなど、手の込んだメニューが食卓を彩った。

 食後はそれぞれ自由に過ごすこととなり、ブリジットやアンナは先に入浴へ。しかしモニカ王女は彼のため、こっそりと別邸の裏にまわった。

『水着を着ておいで』

 日中と同じ黒ビキニの恰好で、ジェラールを待つ。

 陽は暮れたものの、別邸の窓からは橙色の灯かりが漏れ、周囲も充分に明るかった。この裏庭は男女が密会するには最適の場所で、屋敷の中からは死角となっている。

 しばらくして、ジェラールも人目を避けるようにやってきた。モニカとともに物陰に隠れ、当たり前のように腕をまわしてくる。

「きみから誘ってもらえるなんて、嬉しいな。本当はやめられないんだろ?」

「馬鹿なこと言わないで。こうでもしないと、あなたがへそを曲げるからじゃない」

 サジタリオ帝国による侵攻が本格化しないのも、彼のおかげ。実際のところ、ソール王国はジェラールの胸ひとつで独立を維持していた。

 ソール王国の貴族らはモニカ王女とジェラール王子が懇意と誤解し、その噂は城下にも広まりつつある。仮に婚姻が成立すれば、今回の帝国の派兵も不問となるだろう。

「本気にされたら、どうするのよ? あたしたちのこと」

「だったら、結婚してやればいいじゃないか。おれじゃ不服なのかな、きみは」

 軽薄なジェラールの言葉など、とても信じる気になれない。

 帝国の第二王子である彼の評価は、世間的にもさほど高くなかった。帝国の威信に心血を注ぐより、カジノの経営に夢中で、兄王子の指示もろくに聞かないという。

 そんな彼が軍を率いて、ソール王国に圧力を掛けてきたのだから、わからなかった。

「……あなたがソールのために身を粉にしてくれるとは、思えないわ」

「そうだね。おれは『国』なんてものに興味がないんだ」

 ビーチバレーが達者なのも、根っからの遊び人だからこそ。サジタリオ帝国では第二位の帝位継承権を有するにもかかわらず、未だに放蕩癖のある王子だった。

 ジェラールの手がモニカの背中を撫でつつ、下へと降りていく。

「それじゃあ昼間の続きといこうか、モニカ。日がな一日、きみの可愛い水着姿を見せられて、もう我慢できないんだ」

「嘘ばっかり。ブリジットと……はあ、アンナのことだって、意識してたくせに」

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