第35話
遊戯室での悶着があってからというもの、気分が上向かない。仕事の効率も下がる一方で、モニカ王女はとうとう政務を放り投げた。
「ごめんなさい、クリムト。気分転換に行ってくるわ」
「了解しました。お仕事のことは気にせず、ゆっくりなさってください」
補佐官のクリムトは嫌な顔ひとつせず、モニカの好きなようにさせてくれる。それだけモニカの顔色が悪かったのだろう。
クリムトには迷惑掛けてばっかりね、ほんと。
そんな彼にスイーツでもご馳走しようと、モニカは城下へと繰り出す。
そのあとをセリアスが追ってきた。
「ひとりになるなと言ったはずだぞ、王女」
ジェラールの指示とはいえ、彼はモニカの護衛として神経を尖らせている。それを迷惑に思ったつもりはないが、今日に限っては苛々とさせられた。
「たまにはいいでしょ? あたしにだって、ひとりになりたい時はあるの」
「敵に狙われても、か」
「ええ。あなたはジェラールの護衛をしてなさいったら」
我ながら八つ当たりに過ぎず、情けない。しかしモニカのひとりの人間、抱え込めるストレスには限度もあった。
レオン王は拉致され、サジタリオ帝国には侵攻を許して。ジェラールのせいでブリジットはとうとう堪忍袋の緒を切らせてしまったのだから。
「あたしのことは放っておいて」
「……困ったお姫様だ」
モニカはセリアスを無視し、行きつけのケーキ屋を覗き込む。
その瞬間、ショーウィンドウがばりんと割れた。
「きゃあああっ?」
すかさずセリアスが剣を抜き、モニカの前方へと躍り込む。
「さがっていろ! フッ……どうやら向こうも痺れを切らせたようだぞ」
屋根の上から黒い人影が飛び降りてきた。覆面で顔を隠しており、素性はわからない。弓なりに反った剣を構え、セリアスと対峙する。
「目的は誘拐か? それとも……」
「……………」
「無口なやつだ。モニカ王女、前には出るなよ!」
アサシン、東方でいう『忍者』らしい男は俊敏な動きで襲い掛かってきた。それをセリアスは難なく受け止め、鍔迫りあいに持ち込む。
「セ、セリアス!」
「じきにひとも集まってくる! いいか、『帝国軍』に保護してもらえ!」
突然の決闘に街は騒然となった。王国騎士団とは別に帝国軍の兵士も駆けつける。
「モニカ様、早くこちらへ!」
「え、ええ……」
その間にもセリアスは忍者と剣戟を重ねつつ、遠ざかっていった。
彼ほどの剣士であれば、心配はいらない。だとしても、モニカは責任を感じずにいられなかった。ひとりで出歩かなければ、敵も直接的な手段には出なかったはず。
大丈夫かしら、あのひと……。
すでに剣士と忍者の姿は見えない。
城下を抜け、セリアスは遺跡のホールで忍者と相対した。
手裏剣に頬を掠められながらも、刀を奪い、敵の右手を刺し貫く。
「……………ッ!」
「はあ、はあ……どうあってもしゃべらんつもりか」
忍者は一言すら話さなかった。捕らえたところで、口を割らせるのは難しいだろう。セリアスのほうも疲弊し、息を切らせる。
とはいえ忍者に対し、憎悪や嫌悪感はなかった。むしろ彼の稀有な実力に感心し、尊敬の念さえ込みあげてくる。
「お前ほどの男が安っぽい暗殺稼業とはな。……どうだ? この件が片付いたら、俺と一緒に『フランドールの大穴』に挑んでみないか」
「……………」
睨みあっていると、中二階の通路に身なりのよい集団が現れた。
「ハッハッハ! ヤキがまわったな、ザザ」
ソール王国の重臣たちが専属の護衛だけ連れ、ホールのセリアスらを見下ろす。
「その剣士を仕留められれば御の字だったが、まあよい」
「貴様らが黒幕か」
セリアスの脳裏ですべての点が繋がった。
やはり王国貴族が軍神ソールの復活を目論み、暗躍していたのだ。しかし彼らは肝心なところで『失敗』をしでかし、隠蔽工作にあの手この手を尽くしている。
「ジェイムズが急逝したのも貴様らのせいらしいな」
「ほう? 一介の傭兵ごときが、よくも首を突っ込んでくれたものだ。ますます生かしておくわけにはいかんなあ」
勝利を確信しているのか、連中は何ら隠し立てしなかった。
護衛のひとりが壁のレバーを引くと、ホールの床がみるみる真っ黒に染まっていく。
「こ、これは? まさか闇の力を!」
「おびき出されたとも知らずに、愚かなやつよ。ワッハッハッハ!」
その影がセリアスとザザに絡みついた。脚の次は胴、胴の次は腕へと至り、闇の世界へと引きずり込もうとする。
「……………!」
忍者は鋼線を投げつけるも、深手を負った右手では届かなかった。
「貴様も余計なことを知りすぎた。ザザ、剣士とともに地下迷宮で朽ち果てるがよい」
とうとうセリアスもザザも闇に飲まれてしまう。
王国の重臣らは高笑いを響かせた。
「ハッハッハッハ! これで厄介なやつは片付いた。あとは……そうだな、騎士団長に頑張ってもらうとしようか」
「では、いよいよジェラールを?」
「騎士団のやつらも喜々として動いてくれよう。われわれのために、な」
やがて闇の力は消え、遺跡のホールは正常な空間に戻る。
「モニカ姫がジェラールと結託すれば、面倒なことになる。早急に手を打たねば」
「焦ることはない。軍神の力もいずれ、われらのものに……」
その場にはセリアスの剣だけが残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。