第5話 『貧弱騎士』と呼ばれる者
「おら、うぜえんだよ!」
「かふっ……」
「ははは! そらそらそらぁ!」
「ぐっ……がァッ」
騎士学院の模擬試合で俺はいつものように、ストレスのはけ口としてぼこぼこにされる。
俺みたいに平民上がりで弱い奴は、貴族のお坊ちゃんの体のいいサンドバッグとして目を付けられてしまう。
教師もそれを見咎めず、訓練の一環として黙認している。
「おらおらおら!」
「……ぐふっ」
……それにしても今日はやけに機嫌が悪い。いつもなら嘲笑して、虚仮にして罵詈雑言を浴びせてくるというのに、ただ乱暴に暴れまわるだけだ。
「くそくそくそっ……どうしてあの方は俺に見向きもしねえんだよ! くそがっ」
「こひゅっ……」
喉元を木剣で突かれ、さすがにうずくまって悶えてしまう。喉がつぶれて息が出来ない。
空気を求めて必死に、口を開くが一向に入ってくる気配は無い。
「それどころか、なんあんだよあの目はよぉ! 俺が何したって言うんだよ!? なあ!?」
「……ひゅー……ひゅー」
「返事しろや!」
「がっ……」
そこで俺の意識は途絶えていた。
***
どうやら医務室に運ばれたようで、俺の傷は完璧に治癒されていた。
毎日のように通っているせいか、すっかり顔なじみになってしまう治癒師の人にはため息を吐かれて呆れられてしまう始末だ。
「はぁー……まったく、わたしが居なかったら死んでたんじゃないすかー? ヴィルさん」
「……世話になっているとは思ってますよ……」
この人の治癒魔術は凄い。骨折や重症を「あー。これは大変だなぁ……《ヒール》っと」で片づけてしまう。
《ヒール》にはそこまでの怪我には効果が低いというのに、まるで大したことの無いように治癒してしまう。
まるでもっとやばい怪我を治してきたように、これくらいなら死なないでしょ? というように少し怖いところがあるが、俺を気にかけてくれるような人だ。
「はい。とりあえず栄養と水分さえ摂って、安静にしてれば問題ないから」
「あ、はい」
治癒師には逆らわないという騎士の鉄則が学生で見習いの俺にもしみ込んでいるようでおとなしくベッドに横たわる。
もう授業も終わり、後少しで夕方になるだろう。
……って、夕方?
「やばっ……痛っ!」
「ちょ、安静にしててくださいよー。完全に治しましたけど、重傷者でしたからねあなた」
「いや、その……約束が……」
「知りませんよそんなことー。さっさとベッドに戻る」
けれど、俺はそこをなんとか頼み込んで今日はもう剣は振らないからと約束して絶対安静、そして明日の授業は休み、医務室にくることを条件に俺は花畑へと向かう。
「――ああ、よかった。久しぶりヴィル」
そこに彼女はいた。いつも通りの服装で、いつも通り夕日を眺めながら風を感じているミリアの姿があった。
「あれ? 今日は剣持ってないんだね?」
「ああ……その、今日は安静にしてるよう治癒師に言われてな」
「そうなの?」
「ま、問題はない」
彼女の安堵の表情とやけにうれしそうな顔が頭から離れず、どうしてなのか。そんな疑問がずっと浮かび上がってくる。
何がそんなに不安だったのか。俺がきてどうしてそんな顔をするのか。
ここ最近、ミリアに思考が独占されて振り回されている気がしていて非常に悩ましかった。
「――それで、また……多分3日くらいこれないけど、しばらくはいられるから。その時はまたお願いね?」
「え、あ、ああ。分かった……」
そこで思考の海から浮上して、ようやくミリアと会話していたことを自覚する。だいぶ集中していたせいか、どんな会話をしていたか思い出せなかった。
「ほんとにー?」
剣を振るっておらず、まともに顔を合わせて会話したことないせいかその時の出来事はとても新鮮に映っていた。
疑わしそうにのぞき込んでくるミリアの顔をまじまじと眺めてしまう。
「…………」
「……ちょっと、聞いてるのー?」
近づいてくるミリアの顔に驚いて反射的に、後ろに回避してしまう。
それを予測していたように更に距離を詰めるミリア。
「え……」
「ねえ。ほんとに大丈夫? さっきからずっと上の空だけど」
「あ、ああ……そうだな。今日はちょっと疲れてるのかもな」
「そうなんだ。……体調には気を付けなよ?」
ミリアはそう言って俺を気遣ってくれるが、俺は再び湧いてきた疑問で埋め尽くされる。
今の距離の詰め方……あれは何度も見てきた騎士の戦い方で、もしこれが戦いなら俺は確実に殺されていた。そう思わせるほど、流れるような動きだった。
無意識にここまでの動きができるこいつは何者なんだ?
そんなことで、一杯だった。
「……今日はもう帰る」
「そっか……またね」
今まで気にならなかったのに、ミリアの正体が気になり始めてしまった。
それが何故だか、竜の逆鱗に触れることのようでなにが起こるのか理解できない気がしてしまう。
知ってしまったら後戻りは出来なさそうな、そんな予感を感じつつ俺はミリアに背を向けて帰ることにする。
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