精霊騎士と剣聖王女の歪な英雄譚 〜無才の青年と異才の王女は恋をする〜

天兎クロス

第一章 才能の限界、欲張りの代償

第1話 騎士を目指す青年と女の子になりたい王女様

 ――騎士になりたい。


 そう思うようになったのは、子供ながらの憧れというやつだろう。

 故郷で騎士という存在に助けられて以降、村で家の仕事を継ぐよりも強く騎士になることに憧れて剣を振るうようになっていた。


「好きになさい」

「騎士になることは立派なことだ」


 親はそう言って俺の夢を後押ししてくれた。突き放しているように聞こえるかもしれないが、村での仕事の跡継ぎ候補が俺しかいなかったことを考えるとかなりの決断だったことを知った。


 だからなのか、俺はより一層剣の鍛錬に身を打つようになっていった。

 だけど……


「ハァッ」

「……甘いッ」


 村で唯一剣を扱える人に師事してもらってはいるが、俺は一向に強くなれる気配がしなかった。その人からも「お前に才能はないかもしれない」と真正面から言われてしまっている。

 親もその人も諦めろとは言わないあたり、いい人なのかもしれない。


「ふっ……ふっ……」


 だが俺は諦めなかった。

 優れた肉体がないなら、鍛えればいい。

 技術が足りず、才能もないなら愚直に努力するしかない。

 そう信じて俺は3年間、ひたすらに剣技を磨き上げてきた。

 魔術も騎士になるには覚えておいたほうがいいと聞き、多少は使えるように学んでおいた。


 そして――


「――ヴァーグ村出身のヴィル。王立セントフローリア学園騎士学院への入学を許可する!」


 ――俺は騎士への第一歩である、騎士見習いが学ぶ学園へと合格することができた。

 合格すること自体が危ぶまれていたが、俺の努力は報われてこれからは華々しく騎士として活躍していくのだろうとこのときはそう妄想していた。


「……君は、才能がないな。我が学園に入学できた者の中でこんな評価は見たことがない」


 そう。ここでも俺は才能という壁にぶち当たっていた。


「どういう、ことですか?」

「見たまえ。これは魔具を用いて君の才能、肉体の強さ。そして魔術の適正を測ってみたのだが……これは酷いぞ」


 魔具というのは俺みたいな平民では一生関わることのない特別な道具でありとても高価なものなのだ。

 だがその分、魔術師でなくとも魔術のようなことができたりなどとてもすごいのだ。


「…………」


 そして、俺は渡された紙を見て唖然とする。


=========


素質値『F』(才能、魂の奥底に眠る可能性)

肉体強度『D』(頑丈さや体力、器の大きさ)

魔術適正『C』(魔術に対する適正)


=========


「かろうじて魔術適正の評価が『C』であるため退学はないが……正直、お前は諦めたほうがいいだろう」

「そう、ですか……」


 そう答えることしかできなかった俺は、呼び止める声も無視してどこかへと逃げる。

 走って走って、辿り着いた場所で俺は――


***


 ――ただ普通の女の子でありたい。


 いつからか私はそう思うようになっていた。ただ私の生まれがそうさせてはくれなかった……フローレス王国第3王女、ミリア・フォルメ・フローレスとして縛られた私には。


 けれど私は王女であることは誇りに思っている。国民のためにこの身を捧げることは躊躇わず行うだろう。

 だけど、ふと思うのだ。


「死ねぇ!」

「――っ!」


 襲いかかる剣撃を軽く躱すと手に持っていた剣で斬りつける。

 お母様に言われて手入れだけは欠かさずにきれいに輝く自慢の髪に返り血を浴びないよう、すぐに離れて私は考える。


「なに、してるんだろう……私は」


 私には幼いときから、不思議と剣に関する才能を発揮していた。

 剣を握ればどう動けばいいかわかった。剣を振るえばどう斬りつければいいかわかった。

 敵の攻撃が見切れた。

 敵の殺し方が瞬時に判断できる。

 敵の――


「…………」


 こんな才能、要らない。

 私には重すぎる。


 でも、


「これで、国が豊かに……平和になるなら私は」



 戦場から帰ると私は、学園へと通うことになっている。

 定期的に戦場へと赴いているため、授業にはあまり参加できないけど……それでもせめて、15歳らしくできるようにとお父様やお姉様が計らってくれた。


「ふぅ……ここはきれいね」


 花が咲き乱れて舞い心地よい風を感じて、戦場での記憶をせめて洗い流そうとする。普段は動きやすいようにまとめてある髪も今だけは軽く結うだけで、ほとんど下ろしていて風でなびいている。

 夕焼けに包まれてこうしていれば、血にまみれた体も少しはきれいになるだろうと、そう思いながらただじっと地平線に落ちていく太陽を眺めている。


「はぁっ……はぁっ……くそっ。どうして、どうして俺には、才能がないんだ……っ」


 ふと、そんな声がして振り返ってみる。

 騎士学院の制服に包まれて、汗まみれの同年代の男の子だった。

 腰には剣を携えており、何かを悔しがっている。


「えっと……これは、隠れたほうがいいかな?」


 誰しもこんな姿は見られたくないだろうと判断して、私は岩陰に身を隠す。

 幸いあちらからは見えていないようなので、静かに息を潜める。


***


 気がつけば学院の離れまできていた。

 花が咲き乱れて、風が心地よいそんな場所だった。けれど俺はそんなことは気にしてはいられなかった。


「なんで、なんで……俺には才能がないんだよ!! あれだけ剣を振って、あれだけ鍛えてあれだけ頑張ってたのに……どうしてこんな評価なんだよ!?」


 手に持っていた紙を握りつぶし、くしゃくしゃにして地面に叩きつける。

 けれどもそんなことでは俺の気は晴れず、何度も何度も呪いのように口から吐き出していく。


「どうして、どうして……!」


 言い訳ばかり重ねる俺は愚かで醜く目に映るだろう。

 だけど仕方ないじゃないか……これだけ打ち込んでも何も結果を出せていないのだから。


「はぁ……はぁ……ふぅ」


 取り乱して、少しは頭も冷えてきたところで俺は先生のところへと戻ろうとすると――


「あ」

「あ、しまっ」


 岩陰からこちらを覗く人影を見つけて突然のことに驚いて固まってしまう。

 その人は平民が着るようなドレスを纏っていたけど、顔立ちが整っていることや髪の手入れに行き届いていることから高貴な身、貴族などと伺える。

 輝くような白金の髪に空を閉じ込めたような蒼い瞳は見惚れるほど美しかった。


「えっと……その、の、覗くつもりはなかったの!」

「い、いや……別に、気にしてない」


 確かに誰もいないと思ってあれだけ喚き散らしていたが、確認していなかった俺が悪い。

 けれど恥ずかしいわけではない。


「じゃ、じゃあ俺はこれで」

「あ、ちょっと待って!」


 少女は俺を慌てて呼び止める。何を言うのか知らないが、さっさと立ち去りたい俺からすれば迷惑以外の何物でもなかった。


「……なんだ」

「……えっとね……」


 少女はため込むように言いよどむと、



「頑張ることに疲れたなら、ここで一緒に花でも見ない?」



「はあ?」


 そう提案してきた。

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