第25話 魔獣前線(2)


 結局そのまま特に話すこともなく、冒険者組合の近くまできてしまった。

 粗野な者が多いという冒険者のイメージに反して、白い壁で特に目立った汚れが見当たらない。場末の酒屋みたいなところをイメージしていたが、きちんとした組織なのだろうか。


「さて、俺はここの管理者と話してくるが、お前らを連れていくことはできないからな……下で待っていてもらうことになる」


 ガリア師はそう言って、組合に入る前にそこでの注意点を伝えてくる。

 多分ないと思うが、と口頭につけて説明する。


「組合には当たり前だが冒険者が多い。人によっては若いお前らに絡んでくるかもしれないが、その時は構わず職員に告げろ」

「分かりました。なるべく騒ぎは起こさないほうがいいということですね」

「ああ。そういうことだ」


 その通りだと、ガリア師は肯定する。

 声はないが、ティーアも分かったと言うようにこくこくと頷いている。

 それを確認して、ガリア師と俺たちは冒険者組合の門を開いた。


「……」


 その来訪者を見定めるように、そこに居た全員が冒険者組合の入り口を見つめていた。ある者は興味深そうに、ある者は見下すように、またある者はガリア師が騎士だと気づいて渋い顔をする。


「ふむ。すまないが、ここの管理者に用があるのだが……聞いているだろうか」

「は、はいっ。一応、お伺いしておりますが」

「では、案内を頼めるか? もしくは、場所を教えてもらえると助かる」


 しかしガリア師は堂々とその中を歩いて、窓口のようなところに居る女性に話しかける。その人は『黒竜狩り』だと気づいているのか終始緊張しっぱなしだ。


「えーと、そこの階段を最後まで上がった先の扉になります」

「そうか。感謝する」

「い、いえいえ、お役に立てたようならなによりです!」


 さすが、国の英雄というべきか。多くの人から慕われているようで険悪な空気だった組合もやってきた騎士が『黒竜狩り』だと気づき始めて、ざわざわとする。


「……では、ここで待っているように」

「は、はい」

「……」

「では、あそこで待ちましょうか先輩」


 俺とティーアは空いていた席に座って待つことに。

 ティーアは本人も苦手と言っていたように、先程からずっと大人しい。


「あ、見てください。ここ飲み物とか食べ物も頼めるみたいですよ」

「……」

「何か頼みますか?」

「……いい」

「そうですか」


 メニュー表を机に戻すと、再び沈黙が気まずく包み込む。どうしていいかわからず、脱力してうなだれていると同じようにティーアも疲れたように机に伏せていた。

 しばらくそうしていると、ガリア師に話しかけられていた窓口の人のところにたくさんの冒険者が群がっていることに気付く。


「あれ、大丈夫ですかね」

「……職員だから」

「ああ。迷惑だったら追い返してますか」


 職員から依頼を受ける冒険者は嫌われたりしてしまえば、生活に関わってくる。

 普段規則などに縛られていない分、職員が抑止になっている。だから、それ以上気にするとこなくガリア師の帰りを待っていた。


***


 ミリアは、帝国戦線から帰還するとすぐに父からの要望で魔獣前線へと赴くことになっていた。

 本来なら、休息が与えられるはずなのだが明らかな異常事態に国の最高戦力を腐らせておくのは勿体ないと臣下からのお達しだ。


「はぁ……」

「大丈夫ですか姫様?」

「ええ、問題ないわ。ただちょっと疲れただけ」

「あまり無理はなさらないでください」


 マリーはミリアの身を案じているが、それ以上に無茶な仕打ちをする国に対して怒りを感じていた。今回は『剣聖王女』だけではなく、『特務親衛隊』も一緒に戦闘に参戦するため姫様の出番がないほどに戦ってやると、決意の炎に燃えていた。


「せめて、転移魔術が使えるようになるまでお休みになることを提案いたしますが……」

「そう、ね。なら少し出かけてくるわ。夕方までには帰ってくるわ」

「承知いたしました。では、いってらっしゃいませ」


 マリーは深くお辞儀して主を見送る。





 ミリアはいつものように、久しぶりに学院に訪れて花畑に向かっていた。

 時間的には夕日は眺めることはできないかもしれないが、この時間ならぎりぎりヴィルがいるかもしれないと期待に胸を膨らませて歩いていく。

 けれど、戦線に出向いていたミリアはヴィルがガリアに連れていかれて自分の家である王城に居ることなど知らなかった。


「あれ……? まだ来ていないのかな」


 いつも、そこで素振りしたり基礎訓練をしているヴィルの姿が見当たらず首をかしげる。でも、まだ日もそこそこ高いのできっと忙しいのだと心の中で決めつける。


「んーっ……はぁー……今度は魔獣か……」


 人相手よりは気が楽だけど、その分脅威は高い。疲れも残っているので不安もあるが、今度は一人ではない。そのことがミリアの心を軽くする。けれどやっぱり、戦いは苦手だ。


「……でも、ヴィルにたいな人が無理して死ぬより、よっぽどいい」


 そう、あの時見つけた戦う理由。それが今のミリアを支えていた。結局戦わず、普通に暮らしたくても自分は王女だったのだ。

 民が傷ついたり、死んだなんて耐えることはできない。


「あ、夕日……」


 こんなに早く見れたっけ? と疑問に思う。時計がないので正確な時間は分からないけどやっぱり早い。

 けれど、それは当然のことだ。季節が過ぎて、日が沈む時間が短くなっているのだ。


「……帰らないとだめ、だよね」


 夕日を見ることが出来ないと思っていたのに見れたことはうれしかったのに、心は晴れることがなかった。ミリアは疑問に思いながら、未練たらたらに花畑を振り返りながらマリーの下へと戻るのであった。

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