第3話 報われない努力
ここしばらくあの花畑へと向かい、ミリアと会話しながら鍛錬をすることう続けているとすっかりと習慣になってしまった。気が付けば放課後に真っ先に足を向けるようになってしまうほどに。
「……今日もきたんだ」
「ああ。……ここは静かだしな」
質問に対して短くそう答えると、ミリアは俺の言葉に満足したのかいつも話しかけてくるくせに珍しく、ただじっと見つめてくるだけだった。
「…………なんだよ、調子狂うな」
「ん? なにか言った?」
「なんでもない。気にするな」
ぼそりと独り言を漏らす。どうしてそう思うのかはわからないけど、それでもそう思ってしまった。
静かでいるなら、理想の鍛錬環境だというのに。
「ちっ……気に入らない」
「……ちょっと、舌打ちしないでよ。こっちの気まで滅入っちゃうでしょー?」
「……悪かった」
「お、今日は素直にあやまった」
俺を何だと思ってるんだ? この女は。今のは明らかに俺が不快にさせてしまったわけだし謝るのは当然だ。
それに……
「この場所には世話になってるからな。俺がこうして1人で集中できるのは助かる」
「ふーん……なら私にもすこしくらい感謝してもいいじゃん」
「それとこれとは別だ。お前はなんていうか……うっとうしい」
「ひどいなー。傷ついちゃうなー」
あからさまな棒読みでもはやつっこむ気も無くす。ただいつもの調子に戻ってしまい、ミリアが一方的にしゃべり倒し始める。
「ヴィルはいっつも仏頂面だね。今だって、つまらなさそう」
「元がこういう顔なんだ。それにつまらなくはない。強くなるため、あり続けるためには必要なことだ」
「……私は、ないけどね……(ぼそ」
何かつぶやいたきがしたが、遠くにいすぎるせいで聞き取ることが出来な無かった。
表情も陰に隠れて読み取ることが出来なかった。
「それよりも! ヴィルの仏頂面が生まれつきなことよりもっ、私は明日からしばらくはここにこれないから」
「……なにか用事があるのか?」
「まあね。ちょっとした野暮用ってやつだよ」
「わかった。なら俺はここにこないほうがいいか?」
もとはミリアがいた場所だし、俺はここに居させてもらっているだけだからな。使えないのは残念だけど、ここはミリアの居場所だから。俺が勝手に使うのも気が引ける、というか何となく嫌だった。
「? 別に使ってもいいよ? むしろ、ヴィルならいたずらに花を荒らしはしないだろうから見守っててほしいくらいだよ」
「あ、そうか……なら遠慮なく」
まあ、本人が良いと言うなら別に気にする必要はないだろう。
「……むしろ私が心配なのはヴィルだよ。私がいなくて寂しがらないでよ?」
「そんなわけないだろ。むしろ静かでより鍛錬に集中できる」
「ほんとかなぁ?」
疑わしそうにこちらを見てくる。
そんなミリアの様子が気にくわないが、明日は一人だと考えたらここは我慢しよう。
「ま。そっちがそうならいいけど」
「……ふん」
俺はその言葉には答えず、黙って剣を振ることで返事とした。そんな俺を苦笑して、夕日を眺めるミリアの横顔はなんだがとても綺麗なもののような気がして……そんなことを思っていた自分が恥ずかしくなってしまった。
ひたすらに誤魔化すように、剣を振るってこの胸の中を空っぽにしていく。
「ふ……はっ……!」
少しは紛れるかもと思ったが、むしろ雑念が消えてより深く考えてしまう。
羞恥に顔を赤くしていることを自覚しつつ、夕焼けでミリアには分からないことを願う。
「……んー! よし、今日はこの辺で良いかな。この後すぐに行かなきゃいけないし」
「…………そうか」
大きく背伸びをすると、ミリアは座っていた崩れた石垣から飛び降りて俺のほうへと近づいてくる。
素振りをしていた剣を鞘にしまうと、ミリアは俺の顔へ指を指して……
「では、この花畑は任せたよ!」
「……はいはい。分かったよ」
俺は適当に返事するが、ミリアは俺を指していた手も握り占めて思いつめた様子で真剣に問いかけてくる。
一気に豹変したミリアの雰囲気に俺は気圧されてしまう。
「本当に……お願いね。……ここは、私の最後の……――だから」
「え、なんだって?」
風に紛れて最後の方が聞き取れず聞き返してみるが、ミリアは儚げに微笑むだけで答えてはくれなかった。
そしてそのまま「ばいばい」と言って去っていってしまう。
「なんなんだよ……くそ」
俺にはモヤしか残らず、ただただ疑問しか残らなかった。自然と胸辺りを掴んですでに姿が遠いミリアの後ろ姿を睨むように眺めていただけだった。
「――いいさ。何があるかは知らないけど、俺には関係ないことだ。俺には、やらなくちゃいけないことがあるんだ」
そうして、心のモヤは振り払って明日は早めに来ていつもより剣の鍛錬をしようと予定を立てて俺もそこを後にする。
どこかで、「素直じゃないなぁ……」という声が聞こえてくるが、俺はそれを無視して帰路を辿る。
そして次の日。宣言通りミリアはおらず、俺は一人でただ剣を振るっていた。
ミリアの座っていた場所に奇妙な喪失感を感じながら。
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