第15話 ヴィルの強さ・片鱗(3)
――んふふ。ぐっすりでしたねヴィルさん♪
という言葉で送り出された俺は、二度とあそこで眠りに……いや
普段なら寮にいる時間なのでこんな朝早くから学院に居るというのは妙な気分で、早起きして修練に励む者や徹夜で研究に没頭している他の学院、主に錬金術学院の生徒が見えたりなど騎士学院と領を行き来するだけでは見えなかった光景だ。
場所は一緒なのに、新鮮に見える。つまりそれだけ余裕もないし、見ようとも思わなかった。そういうことだろう。
「……そこはミリアに感謝、か」
こうして力が足りていない。死にかけた状況だというのに心が落ち着いている。きっとあの夕日が、夕日を眺めていたミリアが教えてくれた。立ち止まって、よく見ることを。
焦っている。求めている。でも、落ち着いている。
こんな矛盾こそ俺には必要だった。
「何はともあれ。たまには散歩でもしてみるかな」
――でなければこんな言葉は俺の口から出てこなかっただろうから。
澄み切った空気を精一杯吸い込んで、空へと向かって吐き出してみる。本当にきれいな空だった。
理由もなしに歩いているせいで気が付いたらあの花畑に辿り着いていた。さすがにミリアはいなかったが、朝の冷たい風が頬を撫でる。歩いて気まぐれにここに来たんだとしたら、よっぽど気に入っていたのか。
ここは夕焼けもきれいだが朝焼けも美しかった。
「どうして、なんだろうな……」
分からない。
こんなにも穏やかな心地で、でも奥底に燻る炎は消える気配はしない。目的もやるべきことも明確で自分を見失いそうになっていたあの頃よりも成長した。
なのに……
「俺には、
自分を持っていたミリアが羨ましかった。憧れていた。どうして、どうして――と前の自分ならそう吐いていた。
けれど、やっぱり成長、したのだろう。
「でも、それでいいんだ。頑張ることに疲れた俺が、もう一度立ち直れたんだから。……すごく感謝してるんだ。あの日、あの時ミリアがいてくれたことに。たぶん、ずっと腐ったまま停滞しているだけだったから」
「――だから、ありがとう。俺を助けてくれて。俺を……見ていてくれて。俺は、君のような普通を尊ぶ人を守りたいから騎士になりたかったんだ」
恥ずかしくて、言えないから。まだ何も成していない俺では自信がないから。だから言霊を残すように、一個一個大切に自分にもこの場所にも刻み込むように吐いていく。
「ミリアに会えて本当に、よかったと思っている」
さあ。もうすぐ授業が始まる。戻らないと――
***
「あ、ああぅ……あああぁぁ……」
見てしまった。聞いてしまった。聞こえてしまった。
明日にはもう戦場にいるから、せめてほんの少しだけ見にこようと思っただけだった。
誰もいないものだと思ったのに、先客がいたんだ。最近顔を出さなくなったヴィルがいた。初めて見たときよりも、すっきりとして穏やかで、なのに眼だけは未来を見据えていた。
純粋に素敵だと、そう感じていた矢先に……
「う、ううう……恥ずかしいじゃん。あほぉ……」
あんな、あんな誰も聞いていないと思って! 私が聞いちゃったよ。よりにもよってさぁ! 私にとって大切な場所で、私が戦うと決心した
何かきっかけでもあったのかな。包帯を巻かれていた。それはいつものことだったけど、いつもより量が多かったな。
「……ケガ、ばっかりしちゃってさ、そんなかっこいいこと言わないでよ……」
どんな称賛よりも、どんな栄光よりも私が私であると、そのことに感謝してくれたヴィルのその言葉が胸に沁みた。でもそれだけじゃなくて、ヴィルは私が守りたいと、国の平和と同じくらいそう思える。
だってヴィルは私にとって――
「……えっ? 私にとって……って、な、なにこれぇ!?」
顔が熱くて、心臓がバクバクと鼓動がうるさかった。
思わず胸を手で抑えて、目をつむると……先程のヴィルの顔がくっきりと映し出されてしまった。
「~~っ!??!」
何が何だが、分からなくなってしまい慌てて腕を振るってその妄想を掻き消す。
――それが恋の片鱗であることには、今の私には気付くことができなかった。
***
軽い運動ならできそうなので、実技の授業に参加することにしたのだが、教官がいつまで経っても訪れず訓練開始を待ちわびてざわざわとし始めるクラス。
何かと時間に厳しい教官がこうも出遅れるなど今までなかった。
「――なあ。やっぱりあの魔獣の騒動でさ……」
「やっぱ、なんかあったのか……?」
「でも、特に騒がれてないらしいぜ? 下民でも『黒竜狩り』の活躍で大騒ぎしてるだけだし」
ひそひそと話し始める中、演習場の扉が開かれる。そこから現れたのは、他クラスの騎士見習いたちだった。数から察すると全クラスあるのではないかと、首をかしげる。
「え、えー。今日は、その……この後の授業、を変更しまして……特別指導と、させていただき、ます」
ぞろぞろと引き連れてきた教官が言葉につまずきながらゆっくりとこの事態について説明していく。
その後ろから更に現れたのは――
「ふむ……みなそろっているようだな」
『――っ!!??』
皆一同に言葉を失った。だってその人は、
「嘘だろ……」
「まじで?」
「か、かっこいい……!」
つい二日前ほどに、俺を死の危険から救い出してくれてあの事件に終止符を打った……
「特別講師のガリアだ。今日一日だけとなるが、せめてもの成長の足しになればと思い、志願した次第だ」
英雄、ガリア。その人なのだから。
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